ア社会ではこうした職業教育[#「職業教育」に傍点]は[#「職業教育は」は底本では「職業数育は」]普通教育[#「普通教育」に傍点](即ち人間教育)とは分裂しているから、この現象は職業教育の早期化に外ならない。中学さえ早期職業教育化されるのである。師範教育を専門学校程度などにして晩期化すことが、如何に間違っているか判るではないか。
 単に中学校だけではない、高等学校は今後出来る限り収容人員を減少させることになっている。それだけ社会に於ける早期職業教育の量的比重を増すことになるわけだが、之も亦師範学校を小学程度にする方向と一致しているだろう。では大学はどうなるか。教育が一般に早期職業教育化されるから、大学は教育の外にはみ出すことになる。或いは教育の外に残される。京大学生代表達に云わせると文相は大学を「浪花節大学」にする企てを持っているそうだが、果せる哉、鳩山一郎氏は最近「酒井雲後援会」の会長となったのである。
[#地から1字上げ](一九三二・九・八)
[#改段]


 世人の顰蹙

   一、神兵隊とオーソドックス

 血盟団事件や五・一五事件は実に花々しく新聞紙上に登場したが、之に反して「神兵隊」事件は少くともその発生当時は、気の毒な程、社会の注目を惹かなかったものである。皇国農民同盟の前田某や大日本生産党の鈴木某が四十一|口《ふり》の日本刀を用いて、銃砲火薬店を襲撃し、拳銃や[#「拳銃や」は底本では「挙銃や」]実弾を手に入れた上で、いつもねらわれる牧野内府邸や首相官邸、政党本部、警視庁、財閥巨頭邸等々を襲撃して、恐怖時代を出現させるという計画の下に、大日本神兵隊という××不可思議な軍隊を組織して、国防大祈願という運動をやろうとした、という事件であるが、之だけだと、如何にも重大な驚異すべき大事件であるように聞える。処がどういうものかこの事件には、どことなく隙があり、シックリしない処があって、この事件が社会からあまり注目されない原因もそこにあったらしく見えるのである。
 第一、日本刀で銃砲火薬店をおどかしてからでなければ、本当の武器らしい武器が提供出来ないというような段取りは、血盟団事件や五・一五事件の夫に較べて、何かに類するものをこの事件に感じさせるのであまり権威ある事件だとは受け取れなかったのである。だから之は警視庁などが腕を振うには持って来いの手頃の材料で、数日にして忽ち神兵隊の「全貌」が暴露されたらしく思われた。
 血盟団事件や五・一五事件が、右翼の正統派による運動だったとすれば、神兵隊事件はこのオーソドックスから離れた運動で、そこから武器の供給方法が稚拙であったり、運動全体に権威がなかったりする弱点が生じているわけで、そういう意味から云って決して××するに足る事件ではない、ということがこの時まですでに明らかになったのである。
 問題は之で消えて行くのかと思っていると併し、意外の方面からこの問題が新しく展開し始めたというのは、松屋の重役、内藤某に関わる有価証券偽造、詐欺の嫌疑から、同重役と神兵隊との間に意外な関係が伏在していることが発見されることとなった為である。尤も問題は幸いにして、この某重役の私的犯罪へ関係して行くだけなのであって、別に、軍部とか其他色々の方面へ関係して行くのではなかったから、意外は意外であっても、決して心配すべき筋合いのものではない。だから警視庁は大手を振ってこの問題の「核心」に肉迫出来るというものである。その結果今日迄に明らかになった処によると、予備役歩兵中佐安田某という問題の人物が登場して来て、その人物の自白によって、例の重役内藤某から神兵隊に運動資金として四万円の金が融通されていることが判り、而もそれが神兵隊事件の計画を株の思惑材料として重役に提供した報酬に外ならないということが判って来た。安田中佐自身が去る七月四日迄に数回に亘って事件を例の重役に売り込んでいるのであり(尤もその仲介者がその金額の一部分を着服したかしないかという問題があるらしいが)、一方に於て重役側では神兵隊事件をたのみにして借金の言い訳けをしたり、株を大量的に売りたたいたりするかと思うと、他方に於て神兵隊側では、重役からの資金をあてにして挙兵の日を延期したり、再延期に就いて幹部同志の間に対立を産んだりしている。事件は未然に防止されたから、重役は折角あてにした暴利を棒に振って了ったわけだが、ファッショ運動と株の思惑とが結合している点には誠に興味津々たるものがある。
 世間ではこの事件を××××だと云っている。併しこの事件だけが大して特に××××なのではない。何によらず事件を起こすには資金が要ることは判り切ったことで、一見柄の良くない株の思惑売買を利用したからと云って、それだけでこの計画が、金銭上の利欲や売名のためだったとは断定出来
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