#「倫理化」に傍点]されて行くということは、慶賀の至りと云わねばならぬ。

   二、教育の倫理化

 法律さえ倫理化される世の中である。況んや教育をやである。一体日本では、教育と云えば、要するに修身を教えることだったのであるが、それが更に倫理化されるというのだから面白い。
 七月十四日の「思想対策閣議」では、この教育倫理化のプログラム原案が提案され、文相を初めとして法相、逓相に至るまで、色々と希望を述べながら、之を承認したそうである(以下東京朝日新聞七月十五日付)。
 それによると、第一に、教育の重点を人格教育[#「人格教育」に傍点]に置き、教育の功利化(?)を防ぐことにするらしい。何より徳育[#「徳育」に傍点]が大事であり、学校外に於ても学生生徒の徳性涵養に留意するそうである。こう抽象的に云っては、一人前の読者には何のことかサッパリ判らないだろうと思うが、人格教育というのは、例えば教員の任用に際して、その「学力のみに著眼せずして人格を重視」することをいうのである。これによって見ると、今まで教師をしている人間の中には、人格のない動物のような人間が多数いたらしいということになるが、之は全く驚くべき事実である。この事実に較べたら、今後どんなに無学で白痴のような人格者が、大学教授になろうと、数等増しなわけである。併し之がうまく行って教育の倫理化[#「倫理化」に傍点]が阻止されるとなると、役に立たない人格者ばかりが卒業して、当局が気にしている「高等遊民」の数ばかりが殖えることは必然だが、それはどうなるというのだろうか。――それから徳育というのはどうも国史教育[#「国史教育」に傍点]のことであるらしい。而も国史の「単なる史実」を教授するに止まらず、「日本精神闡明のため」の教授をすることをいうのである。「単なる史実」以外のもの、即ち史実でない[#「でない」に傍点]ものを教えることが、徳育と名づけられる処の国史教育だそうである。処で「修身の教授を改善しかつ各学科目の教授に当りて一層徳育に留意する」とも云っているから、各科目を通じて忠実でないことを、一般に事実でないことを、教えることにするらしい。
 教育を倫理化することは当局の勝手かも知れない。併し科学[#「科学」に傍点]がそういう具合に安々と教育化されるかどうかは、当分当局の勝手では決るまい。真理はもっと皮肉に出来ているのだ。――科学を倫理化するのに恐らく最も手頼りになるものは宗教である。そこでこの「思想対策閣議」でも「宗教を振作し宗教家の覚醒を促しかつその活動を積極的ならしむ」るというようなプログラムをつけ足してある。この言葉は一寸利口そうであるが、併し当局が宗教[#「宗教」に傍点]というものの現実をどの程度に理解しているかになると、全く心細いのである。例の「敬神思想」と云った程度のことなどを考えているのだと、多分バチが当るだろう。文部省など、もう少し勉強[#「勉強」に傍点]しなければ、科学を倫理化することに成功しないだろう。それが成功しない以上、教育の倫理化だって成功しはしない。

   三、度量衡の道徳

 昭和九年、即ち一九三四年(国際的にはこう云わないと決して通用しない)、六月一杯で、尺とか升とか貫とかいう日本古来の旧度量衡が廃止されることになっている。一九三四年七月一日から所謂メートル法(C・G・S・システムはその一種の部分)が専ら実用になる筈になっているのである。尤も時間は、度量衡の外で、不思議にも、大体国際的[#「国際的」に傍点]であるようで、国際労働会議に出て日本の政府、資本家、代表が労働時間の日本に於ける特別延長を主張しても容易に相手に呑み込めないのは、決して時間の尺度が国際的でないからではない。夫々の国民の歴史が、全く別々で相互の間には絶対的認識不足しかあり得ないと云われているのに、これ等の諸歴史を貫く時間の尺度が国際的であるのは、不思議である。西歴で勘定するか「皇紀」で勘定するか、それとも年号で勘定するかは、物指しの起点を零におくか六六〇に置くかとか、長い物指しを使うかわざわざ短い不便な物指しを使うかとか、いうだけの区別で、物指しの刻み方の問題とは関係がない。
 で時間に就いては、物指しの物理的性質に於ては国際的であるか国粋的であるかという問題はあろうとも、物指しの数字的性質に就いては、遺憾ながら全く国際的なので、問題にならない。
 問題になるのは長さ(及び容積)と重さに就いてである。でこの二つのものを来年の七月からは原器に基くメートルとグラム(之もメートルに基く)とで計らなければいけないという「メートル専用強制」の法律案が出ているのである。すでに軍隊では昔からメートル法で教育をしているし、小学校その他でも十年以来その積りで教育している。エスペラントと同様に、単に
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