しているという点なのである。こうした巡査の特権[#「特権」に傍点]に就いての矛盾の感じが夫なのである。そして人民(?)に於てはこの矛盾感は中々深酷なのだ。
 巡査は人民(?)に対して特権の所有者だ、人民がただの[#「ただの」に傍点]人民である限り、到底巡査の特権の×××××に向って、太刀打ちすることは出来ない。そういう意識は人民の本能の内で中々深酷なのだ。一つ何とかして××の鼻をあかしてやりたいのである。処で之が大阪某連隊某一等兵の入営前からの願望だったと仮定しよう。
 入営して見ると、とかくガミガミ云われながらも、「地方人」に対しては特権意識を有つことが出来る彼自身を発見する。俺は××の軍人だ。刀に手袋なんかを下げている巡査なんかが何だ。それに交通巡査などは、兵隊にして見れば××みたいなものではないか。それから、以前大阪で兵隊が続々と警察へ引っぱられたという警察の不埒な仕打ちもあると聞いている矢先だ。こんなことを考えながらこの一等兵は天神橋六丁目の交叉点をつっ切ったのである。とそう仮定しよう。
 ××××××××のような彼等が何だ。
 ××の時だって吾々が出なければ収りがつかなかったではないか。吾々は憲兵も持っていれば独自の裁判所も監獄もある。戒厳令も布ければ外交政策も植民政策も有っている。経済的、技術的にも自給自足だ。併しこの頃では何よりも遠大な社会理論を有っているのだ。×××の前には何物もないのだと第四師団司令部は考える。――大阪の警察部は併し「警官も帝国の警官だ」と云って譲らない。
 陸軍省と内務省とが、今度は、××しようかしまいかを考慮している。××とブルジョアジーとが次に××しようかしまいかを考慮し始めなければならなくなるだろう。
 一等兵は自分の日頃の願望が意外にも、満足され過ぎるのを見て、大変なことになったと後悔し始める。併し銃口を出た弾はもう自分の自由にはならない。自分は軍服を脱げば一人の××××に過ぎない、あの交通巡査だって××をとれば矢張俺と同じい××××かも知れない。処が俺達の初めのほんの一寸した×××、俺達自身をおいてけぼりにして、独りでドシドシ進んで行く。これは一体どうなることだろう。元々が小心な彼は、この頃自分に対する×××の弁護的な態度にまで気が遠くなるものを感じるのである。

   四、修身と企業

 巡査の特権が矛盾を感じさせたのと同じことが、教育家(「先生」)の特権に就いても起こるのである。
 成城学園は小原国芳の名と自由教育の名とによって知られているが、その当の校長小原氏が学園を追い出されて、代りに三沢氏が校長に直るということで、成城問題が始まったことは読者の知る通りである。
 小原氏という人は全く東洋のペスタロッチ(教育家は偉い人をみんなペスタロッチと呼ぶことにしている)その人で、学校経営には年少から一貫した趣味を示している人だそうであって、財団法人成城学園の外に、自分だけの玉川学園という労働学校(?)も経営している。――氏によれば、教育の理想は、先生が講義をする代りに生徒に勝手な仕事をさせて之を指導することにあるそうだ。教育評論家達は之をブルジョア自由教育と批評しているが、多分当っているだろう。問題の京大前総長小西重直博士(教育学専攻)に、恩師で且つ有力者だという理由で、この間まで学園の総長に据わって貰っていたことは時節柄面白いが、本間俊平というような「聖者」を引っぱって来たり何かするのは、どういう意味だか好く判らない。だがとに角、肝心のこのペスタロッチが学園を追い出されるのでは、千円から三千円迄もの入学献金を奉納した小原宗の「父兄」達は、黙っている筈はないのである。
 三沢氏も亦特色ある人物で、台湾高等学校の校長から、京都帝大の学生課長として乗り込んだ人である。多分赤色教授への重しの意味で勅任の学生課長を必要とする処から、選ばれたという噂であったが、学生課には過ぎ者の物判りの良さ(即ち自由主義)の所有者だったので、成城落ちをしたのだそうである、個人に就いての噂さはどうでもいいが、府の学務課から三沢氏排斥教員の解職を命じて来た点はここからも理解されよう。
 小原氏が態よく逃げ出して了えば氏の身柄にも傷がつかずに済んだものを「師弟の情」か何か教育家の特権にぞくするものを利用しようとしたために、三沢派の教員から背任横領で告発され、藪蛇の結果を見たのである。
 四カ月に亙る学園の紛争自身は、児玉秀雄伯の総長就任と共に解決したが、解決しないのは学園の会計に関わる小原氏の一身上の問題である。結局氏の背任の事実が司直の手で明らかになったので、紛争が解決した今日、告訴を取り下げるにも時期は遅すぎるという破目になって了っているのである。
 小原氏は成城の公金五万八千円をまんざら私用にばかり費したので
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