というシステ無[#「無」に傍点]にも発展出来る素《しろ》物である。――だが、準戦時的体制下に於ける労働である以上こういうものであらざるを得ないことを観念せねばならぬ。この点を予めはっきりさせないで、之を「社会政策」とか何とか呼んでかかるから、判らないことが出て来る。つまり、社会政策という言葉さえ除けば、この政綱項目は、実に具体的に明白になるだろう。従って国民生活の安定という言葉も、除いた方が安定で、その方が国民の非常時的覚悟を促すにも利便があろう。
 第六「産業の総合的振興を図り国力の伸張に勉むること。」之はごく具体的である。鉄及び燃料という戦時及び準戦時の活動及び経済に必要な重要産業原料の自給、産業の総合的振興(コンツェルン強化?)、生産力の拡充、中小商工業の助長、電力統制、通信施設の整備、と云ったように説明されているが、之は云うまでもなく、第四の国家総動員政綱の経済版に他ならない。中小商工業に到るまで、広義軍需工業と理解すれば間違はない。そして「国力」というものが何であるかも之で明らかだ。と云うのは、前項のどうも判っきりしない「社会政策」とか「国民生活の安定」とかいうものをこの国力の概念に[#「概念に」は底本では「慨念に」]混入すると国力という概念は[#「概念は」は底本では「慨念は」]大変不安定なものとなり、やがて夫は「国力」そのものを衰弱させることになるからだ。やはり前項の「社会政策」とか「国民生活の安定」とかいう不純な要素は、この八大政綱の祭政一致論的乃至準戦時体制的なシステムからは取り除いた方が、物事がハッキリと具体的になったろう。「国力」からもそういうものは取り除かねばならぬ。
 第七「農山漁村の更生を期すること。」しばらく忘れられていた農山漁村が出て来た。之は軍部の有名なパンフレットに出たので一躍有名になったが、それ以来すっかり黙殺されていたもので、大変なつかしいと共に、相も変らぬ語呂の良さを持って行くものである。農地政策([#「(」は底本では「)」]多分農地法案と関係のあるものだろう)、農業保険制度の確立、農村工業の普及、農林水産の生産改善、はまずよいとして、「と共に全村一体の思想を鼓吹し」て、その更生を期すという。農地法式な農地政策の支配者的な特色、農村工業のゴマ化し(かつて現農相は正直に之を告白した)は注意に値するがそれより面白いのは、全村一体の思想を鼓吹するという、その思想自身だ。準戦時体制主義が農山漁村の社会生活に及べば、こういうものになるわけであり、村に求める処を国に求めれば即ち「国家総動員」となる次第だ。それは判るが、それで以て村民の更生を期する一半の依り処とすると、咄しは甚だ抽象的と云わざるを得ない。国家総動員の組織の細胞として、全村一体が必要であるというのは具体的に明らかだ(日本中の村が一体になるのではなく夫々の村の村民が夫々の村で一つ一つにかたまるということならだ)、併し夫が村民の本当の更生になるかどうか、具体的には判らぬではないか。どういう性格の「全村一体」かが問題になって来る。すると、折角具体的であったこの「全村一体」までが抽象的だということとなって来る。やはりここでも村民の「更生」などという表現は使わない方が正確だろう。最後の政綱は「税制の整理、物価対策及び国際収支の改善を期すること」であるが、その説明は八大政綱中、一等長く従って一等詳しい。「国民負担の均衡を図り、国家の存立発展のために必要なる国費の財源を涵養するため、中央地方を通じ、税制改革を行い、物価の投機思惑による国内的騰貴抑制の方途を講じ、根本的に物資の需給関係を調整すると共に、原料資源の確保、貿易の伸展、海運の発展、移民の促進に勉め、以て国際収支の改善を図らんとす」というのだ。大へん善いことばかり並んでいるが、国民は国民負担の均衡のための税制改革では馬場財政の方に賛成し、国家の存立発展のために必要なる国費の財源の「涵養」(?)のための夫では結城財政の方に賛成する。そのどっちかが問題であろう。尤もこの「涵養」ということは、税金を安くする事とも高くする事とも解釈される。政府で涵養になることは国民ではその反対だが、総じてここに限らず、現政府は、国民も政府も、労働者も資本家も、一緒クタにして、物を考えたり云ったりするらしいから、読者は諒とされたい。
 国内的物価騰貴が投機思惑によるものであるかのような云い方は、忽ち揚げ足を取られる点だろう。蔵相は場合によっては暴利取締令を出してもいいとさえ云っているから、物価高の主原因の一つが投機思惑にあると、本当に政府が信じ込んでいるように世間は誤解するかも知れない。又政府は折角増大した予算なのに、物価に騰貴されては、実質予算(という言葉があるなら)が却って減るだろうという心配から、こんな経済学的財
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