か、ひどく強硬な態度で臨まれた。後での評判によれば、之は京大問題の牽制策か側面攻撃の意味があったらしく、文部省からその方針が出ているとさえ云う者がいる。××は特にワザワザ警視庁から出向いている処を見ると、単に京都の一地域に限らぬ関係があったらしく、従ってもし夫が大した内容のものではなかったとすれば、何か××での思惑だったということにならざるを得ない。
住谷氏は経済学説史の研究家で、多分キリスト教的教養を身につけた人のように思われる。平凡に批評すれば温厚な学徒という所であるが、仲々の艶福家だという、否、だったということを聞く。ジャーナリストとしての資格も具わり文章も風格があって、竹風と晩翆(いずれも二高時代の先生)とを論じた最近の文章も面白かった。先頃迄文芸春秋社の特派員の資格でドイツに渡って通信を書いていたが、最近に帰朝した。長谷部文雄氏は[#「長谷部文雄氏は」は底本では「長部部文雄氏は」]最近マルクスの『資本論』其他の飜訳に専心しているそうで、文献的な研究に就いては第一人者だろうから、その点で河上博士の後継者という意味を持っている。器用で達者で裕々|逼《せま》らぬ論客、即談客と見えた。私はこの間初めて会ったばかりだから、正確には判らないが。それから松岡義和氏は私の親しい友人の一人で、哲学の教授だったが、前から消費組合運動の実際に携っている。田舎の官立高等学校で我慢出来ずに京都へ飛び出して来たが、夫はつまり馘になるために来たのだった。肥満している割合に純粋で頼みになる男である。
辰巳経世氏は確か関西大学を罷めた人だったと記憶するが(或いは思い違いで失礼かも知れないが)、今は大阪で非常な元気のようで、唯物論研究会でも活動的なメンバーの一人である。その勇敢さは傍の人を却って心配させる程であるが、併しそれは傍の人の方の老婆心というものだろう。最近見た文章では大原社会問題研究所の案内記があり、それを読むと氏の気魄彷彿とするものがある。
話は全く系統を別にするが、関西のことを書いた序でに触れておきたいのは、社会学の老大家米田庄太郎氏の件である。尤も京大には昔、沢柳総長の教授馘切り事件があったということだが、米田氏が京大をやめたのはそう古いことではない。氏の教授生活に就いては[#「就いては」は底本では「就いは」]色々の噂を聞いているので、例えば氏の、何年かの後にやめる約束でやっと教授となったのだとか、博士になったのは退職を条件としてであるとか、いうのであるが、なぜこういう妙な噂が立つのかが判らないし、又不愉快な噂でもあるが、それと同時に、事実博士が停年未満にも拘らず自発的に勇退した理由も私には今日まで遂に判らないのである。博士は勇退後研究に不便を感じているように聞いているし、それから大学の方でもその後任に困っていたらしい。博士の高弟高田保馬氏は、例の貧乏道徳論的な趣味も手伝ったのだろう、恩師の影を踏むを屑《いさぎよ》しとせずと云って文学部の教授になろうとしない。博士も米田先生がなるまではならなかった。だから今日でも社会学の博士は少ないのである。そこで京大では東大の戸田教授(当時は助教授だったと思う)や今井(時郎)助教授までを招いて無理な講義をさせた程だった。一体教授が土地の隔った二つ以上の大学に兼任する程人を愚弄したことはないので、学生こそいい迷惑だろう。文部省や大学当局がそういう勝手なことをする以上、当然学生も転学の自由位い与えられるべきだと思うのだが。そういう無理をしてまで米田教授を罷めさせたのはどういうわけか、世間でも殆んど知らぬらしい。こうなると大学も一種の伏魔殿に類して来る。
一体大学は大学の自治とか学の自由とかという名義の下に、可なり沢山の秘密が蔵されているのが常だ。尤も官庁にはそうした秘密が沢山あるので、所謂機密費(それは軍部のが圧倒的に巨額だ)というものもあれば、閣議を初めとして各首脳部の秘密もある。議会にさえ秘密会があるという次第だ。併し大学は特に公明な学の自由に基いて初めてその自治を誇り得る建前になっているわけなのだから、その自治の手前、もう少し学内行政が少くとも学内に於ては公然としたものでなくてはなるまい。
現在の免職教授の花形は云うまでもなく美濃部達吉博士である。博士は去年すでに停年に達して退職し、名誉教授となっているから、この方は直接実質的な問題にならずにまず無事であったが、併し聞いて見ると、今までにも随分危なかしいことがあったらしい。この間聞いた噂であるが、そして噂だから私には責任がないが、併し噂があったということ自身は事実だが、前の小野塚東大総長が或る席上で、京大事件当時の※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]話を素っぱ抜いたそうである。時の文部大臣鳩山一郎氏を眼の
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