この上もないとか、相不変のヨタ捏ねてフラフラと立ち上った「市民」は、思惑が大分はずれたことに段々気づいて来たらしい。
その最も手近かな原因は、争議が秩序正しく且つ純経済的なので、口を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]む余地がないからばかりではなく、実は「市民」達が足の不足を大して感じる筈のない程度に、市電や市バスが動いている、という都合の良い事実にあるらしい。処が一方市民が大いに困らなければストライキの本当の効果はないのだ。この矛盾の兼ね合いに、今度の市電争議の特色の凡てが横たわっている。この一点を少しでも行き過ぎると、争議は「治安」を害したり「不正」なものになったりするのである。その時は軍部や警視庁の「同情」を失う時で、同時に「市民」が時を得顔に、スキャッブとして活躍出来る時だ。
争議団中の東交の在郷軍人達が集って、在郷軍人徽章をつけたり軍服を着けたりして、主として軍部関係者へ陳情に出かけた。この争議の特色である。世間から見た一種の「正当さ」は、この陳情風俗に最も簡単に現われているのである。この争議は単に、国憲的なものと実は之と一つである資本主義的なものとの間の、外見上の対立を特に象徴させるために、今度のように正当化されているものに他ならない。でそう考えると、この争議の価値は、それが模範であるだけに、争議自身としては大した価値のものではないと云わなければならぬかも知れない。――だが時は凡てのことが異状を呈する非常時だ。この非常時にとに角こうしたストライキが起き得たということは決して意味の少ないことではないのである。そして、市民が従来ストライキというものに就いて持っている各種のヨタ観念を清算すべく、市民に常識上の訓練を与える点では、この争議はまず満点だと云ってもいいだろう。
二、不安時代
満州帝国駐在日本大使館領事館の高田代理検事は、瓦房店警察署長以下十三名を、密輸問題にからむ涜職の容疑で召喚しようと思って、召喚状をつきつけると、警察側は之を開封もしないでつき返してよこした。検事は重ねて之を警察に送ってやると再び警察は之を営口領事館へ返送して来た。一体之まで満鉄付属地の警官は、関東庁の警察官であると同時に領事館の警察官であって、二つの資格が一つになって働いていたのであり、従って当然領事館の検事の手足として活動すべき筈の存在であったのだが、関東庁側と領事館乃至駐満日本大使館側とが対立した結果、警察官が検事と対立するという、治安維持の上から見て危険極まる奇現象を呈することになった。
云うまでもなくこの現象は、例の在満機関の三位一体に関する諸改組案の対立から来る一結果に過ぎないのであって、最近外務省案と陸軍案とは著しく接近して来、やがて陸軍案が中心となって現地案が出来上りそうな動きが判っきりして来たが、拓務省案は之に反して、全く尊重されないようになって了った。単に拓務省案が駄目になりそうなばかりではなく、××××××××××××××××××、すでに、拓務大臣の専任はなくなっている。そこでおのずから外務省に対応する駐満大使領事館の検事と拓務省に対応する関東庁の警察官とが原地に於て対立するわけになったのである。積極的に出て来たのは、無論改組案の優秀な方の検事側(外務省側)で、之に対して拓務省側の警察官がヒステリカルに喰ってかかっているのである、「警察官の召喚は、拓務省側関東庁側の排撃を意味するものに他ならぬ。今彼の涜職事件に関する限り、関東庁警官は絶対に潔白だ」と瓦房店署長は云うのである。
そこで陸軍省側に対応するものだが、関東軍司令部の憲兵隊司令官岩佐少将が、調停を買って出たらしい。調停の条件は正確には判らないが、今後検事の任命に就いては関東庁の諒解を求めることにし、例の高田検事による取り調べも関東庁と協力してやるということで解決したらしい。そこで検事は三度瓦房店の署長に召喚状を発することになるらしいが、署長がどういう態度に出るかによって、事実上問題はどうなるかは判らない。
だが実は事の真相はあまりハッキリしていないということを忘れてはならぬのであって、関東州法曹団約七十名は、検事の召喚を拒んだり憲兵が憲兵司令官の命令に従って検事の命には従わなかったなどの、一種の司法上の分解作用を不安がって、司法権擁護のために真相調査に着手したそうである。
で満州に於て或る意味で司法権と警察権とが喰い違いを来している間に、永遠の楽土満州には依然として匪賊の絶え間がない。王道楽土に匪賊が絶えないのは、つまりこの匪賊達が王道楽土反対主義に立っているからであり、従って必然的にそこから結論されることは、匪賊が「赤い魔手」に操られているに相違ないということである。併し之は満州の王道楽土のことで、資本
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