採用したのでは引き合うまい。この方針を徹底すれば、入学金の納入高の多い者から採るのが合理的で、そして入学金を試験以前に前払いするという形式を取れば、所謂不正入学ということになるのであるが、莫大な入学金を試験前に前払い出来るような家庭の生徒を採用することは、学校自身の営業方針から云って、少しも不正なことでも何でもない。不正なのは生徒の側だけだ。それだけではなく、こうした「良家」の子弟だけを選んで入学させることは、教育の目的に最も適った実を挙げることになるのであって、下等な家庭の子女の下等な精神による影響から学校を清めることになるから、帰せずして文部省の方針に一致することになる。それから文部省から見ただけではなく、家庭の側から見ても、嫁にやるべき大事な娘などなら、あまり変な下等なお友達と一緒に教育される学校を出たのでは条件が悪るくなるし、それは学校から云えば嫁入り率が減って従って段々良家の子女が競争して集まらなくなることを意味する。前科者の子女などは縁起でもない。私生児庶子は之に次ぐもの、というわけである。
官公立の中等学校だってこの教育の実際上[#「実際上」に傍点]の方針に就いては変りはないのだが、大体中等学校では家庭[#「家庭」に傍点]を中心にして入学考査すると見ていいだろう。処が高等学校専門学校になると、家庭よりも寧ろ本人[#「本人」に傍点]を中心とする。本人を中心とするのは当然なようだが、本人の人格[#「人格」に傍点]を中心とするのである。十八や十九の者に人格も何も問題になるものかと云うかも知れないが、人格というのは実は思想傾向[#「思想傾向」に傍点]のことに他ならない。そんな子に思想も何も問題になるかと云うかも知れないが、日本で思想というのは社会意識のことだ。即ち社会に対して一定の認識を有っていないかいるかということだ。こういう知識の所有者は教育には不適当だというわけなのである。
処が子供のそうした「思想」は父親の思想と相当関係があるので、その限りでは本人[#「本人」に傍点]の問題は往々矢張家庭[#「家庭」に傍点]の問題に帰着する。こうなると専門学校以上の学校でも、この意味で矢張家庭が重大な考査資料にならざるを得ない場合が生じる。士官学校などはその典型的なものだろう。これを中等学校に移せば、師範学校の場合になるのである。――家庭の階級的類別と、その家庭に育つ子弟の社会意識乃至思想との間に横たわる、この唯物史観的真理を、最も早くから知っているものは教育者夫子自身なのである。(一九三四・八)
[#地から1字上げ](一九三四・九)
[#改段]
罷業不安時代
一、この罷業はなぜ正当か?
東京市電気局は、市電営業による赤字年額八百万円を克服するために、今回主として市電従業員の整理を中心とする整理案乃至減給案を発表した。市会は無論之に承認を与えているのである。夫によると、第一に、従業員一万二百名全体へ一応解傭を云い渡し、之に退職手当二千万円(一人当り平均二千円)を支給した上で、全員を新規定賃金によって改めて採用するというのである。新規定の賃金というのは四割前後(最高四割五分に及ぶ)の減給に相当するのであって、之が適用される従業員数の内訳は、市電関係約七千人、自動車関係約二千人、電灯関係約六百五十人、工場倉庫関係約五百五十人である。第二は、市下級吏員の減員で、之は内勤外勤を合わせて百八十余名の整理となる。
第一の従業員大減給の結果、市財政から三百十万円が浮き、第二の吏員の整理で四十六万円を浮かせ、その他市債の整理で三百万円、電力自給によって二百四十五万円(但し之は五六年経たなければ実現しないが)を節約することが出来る筈で、合計九百万円程になるから、例の赤字は完全に克服されることになるというのである。退職手当の二千万円はどうして造るかと云えば、市債を新しく起こすのだそうだ、吏員は従業員とは異って労働者でなくその数も多くはないので(とでも云っておく他ない)整理されない人間は云うまでもなく、整理される当人達自身も集団的には之を問題にしていないから、世間も又吾々も、あまり之を気に病む義務を感じないのであって、問題はいつもこの市電従業員の方にあるのだ。
山下電気局長はそこで、この整理案によらなければ市電の経営は完全に行きづまり、結局は従業員諸君自身の不為めになるという点を慮って、親心[#「親心」に傍点]になって整理を断行するのだ、今後は決して整理や減給はしないから、と涙を流して従業員に訴えた。併し東京交通労働を中心とするこの市電従業員達は、この「親心」という奴には余程懲り懲りしていると見えて、言下に之を拒絶して了ったのである。つい一昨年一千三百五十名の整理と一割二分との減給をやったばっかりなのだから、この親心に信用出来
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