る。そうなら本部が庭球のために(?)佐藤選手を犠牲にして※[#「りっしんべん+単」、第4水準2−12−55]らなかったものと五十歩百歩で、いずれもスポーツマンシップに相応した立派なマネージャーシップ[#「マネージャーシップ」に傍点](?)だとは云い兼ねる。
だが、今日の所謂スポーツマンシップというものが、実は一向判っていない代物のようだ。ギリシアではスポーツは多分神々に見せて娯しませる儀式としての演技から始まったのだろうが、ローマ時代には支配階級の娯楽のためにスポーツ専門の奴隷が出来ていた。多少軍事的な意味や社会衛生的な目的もあったかも知れないが、どの場合にも主に、神様か人間かの区別があるだけで、とに角偉い存在の審美的な又は嗜虐的な娯楽のために、スポーツが存在したのだ。今日では神様はスポーツを好くか好かないかは知らないが、とに角明治神宮外苑などでスポーツを見る者は、時代の支配者どころではなく、中間的な存在だというサラリーマンが大部分である。だから支配関係は一見寧ろ逆で、英雄はスポーツマンの方であって、この英雄を崇拝するものの方がサラリーマンのファン達だというわけになっている。(相撲は国技だから、多分厳密なスポーツには這入らないだろうと思うが、その証拠には相撲ではひいき[#「ひいき」に傍点]の旦那の方が関取に対していつも支配者だ。)そして日本ではスポーツマンの殆んど凡てが学生又は学生上りで、その点から云えば全くサラリーマンと共通の社会の出なのだが、この点は相当大切だ。現代のわが国のスポーツマンはサラリーマンにとって憧憬の的で、云わばスポーツマンになり損った卒業生がサラリーマンになっているようなものだ。
だがこう云っても、所詮役者は役者に過ぎない。英雄と云っても人気商売の英雄はナポレオンでない限り本当の支配者ではあり得ない。それは英雄という役目を仰せつかった舞台の花形に過ぎない。丁度廓の太夫さんやサーカスの女王と同じにスポーツマンは一方に於て英雄でありながら、所詮サラリーマン達が手頼って生きている或る世界の弄びものに過ぎないのである。各種の体育協会は、この場合丁度楼主や座長のようなもので、そこから現代のマネージャーシップなるものが発生するのである。世間から一応大事にはされるが併しどこまでも娯楽用に利用されるだけだというのが、彼等選手達の宿命で、そこからあまり我儘も云えなければ自重もしなければならないというスポーツマンシップの約束が発生するわけで、この道徳を大切にする必要が選手自身の生活から云ってあるとすれば、時には選手は自身とこのスポーツマンシップとの間に板挾みにもなるだろう。その結果自殺する場合だっていくらでも想像出来るわけだ。
独り運動選手には限らない。一切の人気稼業の者共は、文士であろうと女優であろうと今日ではこうしたスポーツマンシップを大切にしているし、又大切にしなくてはならぬ。そればかりではない、このスポーツマンシップのためならば、いつかは身を滅ぼすだろうだけの覚悟がなくてはなるまい。現代のマネージャーシップがそれを欲するのだ。
二、賄賂から国民精神まで
例の教育疑獄も一段落告げることになったそうである。もういい加減に一段落つげないと、四月の新学期初めの小学校人事異動には間に合うまい。で、既にこの間小学校長の大異動を見たからもう大丈夫そんなにあの疑獄は発展しないだろう。四月には第二次の大規模な人事移動が発表された。今度は収賄や贈賄の容疑者ではなくて(その方は今も云った通り一段落つげることにしたのだから)、ひそかに入学試験準備などをやっていた校長や訓導に手が廻るらしい。無論之は司法上の問題にはならないから、単に更迭されるという迄だ。
とに角今度はよほど気をつけて、「正しい教員」だけにするか、それとももし正しくない教員が残っているならそれを「正しい教員」にたたき直さなければならぬ。で訓導教育は甚だ重大性を今の処帯びて来た。
東京府では青山・豊島・女子・師範学校の卒業生が二日から就職することになったが、この就職ということが今の場合大問題である。別に就職難だからというのではない、ここでは士官学校と同じに就職難はまず存在しない、問題なのは就職の心掛けなのである。その心掛けは併し就職して了ってからでは多分間に合わないだろう。なぜというに、誰も初めから、就職したら収賄してやろうなどと思う者はあるまい。まして贈賄してやろうなどとは誰も思う筈はない。なる程金を溜めようと考えているものはいるかも知れないが、なるべくならば無理をしないで金にありつきたいという「純真」な気持を持たない者はあるまい。処が一旦就職すると仲々そうは云っていられないということが判って来る。だから就職して了ってからは、もうお説教しても間に合わない。就
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