滝川問題」から「京大問題」への論点の推移に従って、彼等の算盤のおき方が、多分段々変って来たようだ。否段々本当のおき方を露出して来たのかも知れない、滝川教授復職問題(又は少くとも同教授復職に代るだけの代償要求問題)は、いつの間にか、京大法学部存続問題になって了ったのではないか。「京大問題」はそうやって「滝川問題」とは別に、滝川問題をおし除けて登場したのではないか。滝川問題なら責任は文部省にあったのだが、今云った京大問題――京大存続問題――なら、責任は、あくまで辞職を主張する教授達にあることになる。文部省に対立する教授団の結束ではなくて、反対に、文部省に従う教授団切り崩しが、従って問題の解決[#「解決」に傍点]となるわけだ。一人でも残留することが、京大問題の解決だということになる。それが彼等の一身上の問題解決にもなるし、又それが恰も文部省の思う壺でもあったことは云うまでもない。「京大」問題が解決されてその代りに、「滝川」問題は解決されないままで吹き飛んで了う。文部省は滝川教授だけでもと思ったのに、佐々木、末川、恒藤、宮本(英雄)などの目障りな教授達を、思いがけることもなく一ペンで清算して了うことが出来たわけだ。禍を転じて福となすという、弁証法的故知は、正に今日の文部省のために用意されたもののようである。
新総長理学博士松井元興氏の抱負振りは、初めからどうも臭いと思っていた。正に氏の手腕によって、滝川問題は、立派に「京大問題」にすりかえられたのである。文部省の禍は文部省の福に転じたのである。小西前総長はこれをすりかえることが出来なかったばかりに、(氏の良心からか手腕の欠乏からか知らないが、)行き詰って了ったのであった。哲学者よりも科学者の方が、多くは政治的にうわ手ではないかとこの頃考える。とに角今後と雖も、「公平な」自然科学者には相当用心することが必要だ。
[#改段]
減刑運動の効果
一、反乱罪の効果
例の五・一五事件の軍部被告と民間被告とで、罪名を別にするしないという件で、軍部乃至軍検察当局と司法当局との対立が問題になったことを、私はかつて述べた。民間では人を殺した者は殺人罪にするに反して、軍部では殺人罪ではなくて反乱罪で処断するのは変ではないかというのであった。
併し之が別に何等対立を意味するものではないということは当時司法当局の声明によって一遍
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