説明文をつけていないのである。恐らく、次の政綱が説明抜きである処を見ると、例の準戦時体制の体系のあまりに直接な結論だからなのだろう。
 次の政綱というのは、第四の「軍備の充実、国家総動員的準備を進むること」であり、之には何等の説明もついていないが、之は最も具体的に国民が知っていることだ。国民は増税や物価騰貴やその他で、色々な意味に於て之を充分「認識」している。説明の要らぬのは当然だ。この一項だけで八大政綱は代表されるのだからである。ただこの最も重大な項目をそ知らぬ顔で何気なくアッサリと中途に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]んであるなどと仲々面白いやり方である。だが祭政一致の体系から、準戦時体制を演繹しようという林内閣のイデオロギー的な順序から行けば、之でいいのである。
 第五政綱は「社会政策の徹底を図り国民生活の安定を期すること」とある。期する[#「期する」に傍点]というのは正直な表現で、二階から目薬という感じを仲々よく文学的に表現する。だがその説明によると、実は、割合具体的だ。国民体位の向上、各種社会保険制度の確立、勤労者福利の助長奨励、労働力の維持増進、によって国民生活の安定を期そうというのだ。真中の二つは具体的に判るが、労働力の維持増進というのは何か一寸は判りかねよう。労働力は今日の社会機構では労働者のものではなくて資本家の所有である。少くとも役に立つ労働力(ゴロゴロ遊んでいる労働力でない限り)はそうだ。その維持増進が国民生活の安定になるというのは、少し変である。尤も労働力の維持というのは何か労働者の健康のことかも知れぬ、なる程健康ならば増進という言葉も常識的に判る。だがそうすると日本の労働者は不健康であるために失業しているということになる。社会の矛盾を生理的に解決する次第だが、この点最初の「国民体位の向上」を考え合わせて見ると、納得が行くものがあるだろう。ここで政府の目指す処は軍人たるべき壮丁の体位の下向を防ぐということだ。つまり体格優秀なる軍人が出来れば国民生活は安定を期し得るというわけになる。労働力というのも資本主義的に見た限りの壮丁(労働者)の体位のことだっただろう。労働者は今や、資本主義的壮丁として生活の安定(?)を期せられる。之は労働の軍事化の観念であり、夫が労働組合脱退の奨励ともなれば、やがて国家的報仕労働
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