はよく人から聞く処だ)、少くとも歌よみ人である処から、この弱々しさが出て来るのでもあるが、併し他方大塚氏は、理論家乃至分析家というよりも寧ろ卓越した資料の占有者だということから、その筆致の地味な処が出て来ると見られるだろう。或る人は氏の書く「論文」を退屈だと云っているが、それはこの二つの点から来ることだ。
 資料の占有者だという意味は、決して単に資料を沢山持っているという意味ではない。氏は吾々と大して変らないような生活をしているように見えるから、失礼な想像だが、某々華族や貴顕紳士お近づきの歴史家ほどに沢山資料を有っているとは思えない。資料の占有は資料に就いての知識とその知識の整理とに、つまりそうした資料取り扱いの心がけに、帰着するのである。或る人から噂として聞いたことだが、大塚氏は人と対談しながら、相手の言うことを書き止めておいて、その次会った時に違ったことを云うと、この「資料」を持ち出して来て、君はこの間こう云ったじゃないかと検言し始めるそうだ。無論之は相手によることだ、私でさえ時々そういう対談法の必要を感じることもある程だから、大塚氏にして見れば不思議なこととも思われないが、その真偽はとに角として、(こういうことを云うのはあまり好ましくないが)私がかつて氏を訪問した時まず驚いたのは、その整頓された本の並べ方と、机のわきにある電鈴の押し方の守則であった。モールス信号のようなものが書いてあって、幾つ押せば奥さん、幾つ押せばお茶ということになっており、而も夫が自分では覚えていないと見えて、チャンと表に書いてあるのだ。その次に驚いたのは、何年何月の件と背に書いてある「資料」を書架から取り出したのを見ると、之は氏自身の検事調書其他の記録なのである。
 之は氏の人物と研究法との特色を示すもので、之ほど正確・確実・慎重な人物と学問とはメッタに見られぬ処だ。こうした一種の併し軟かな正直さは場合によっては氏を消極的にしすぎるかも知れない。その結果の一つかどうか知らないが、吉祥寺(氏は吉祥寺に住んでいる)を中心として雑草を蒐集する会が最近あるそうで、そのメンバーの一人が大塚氏だが、或る人が、大塚氏のこの心の動きを「批判」した処、氏は忽ち恐縮して理由を具して退会を申し出たそうだ。そういう氏であるから私がこんなことを知っただけでも、慎重に自己批判でも始めないとも限らないからいい加減で切
前へ 次へ
全201ページ中161ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング