「勤労心」に傍点]を振興させること、(五)公租公課を公正にすること、などになる――注目すべきは資本家打倒とも政党撲滅とも云っていないことで、実業家や政治家は之を見て何だって怒り出したのか気が知れない。
 或る一群のブルジョア・イデオローグは之を見て国家社会主義の宣言だと極言する。併し他のもっと冷静な経済学者達は、そんな危険なものではなくて単に統制経済を唱導するものに他ならぬと云うのである。国家社会主義が、如何に社会主義という名が付いていた処で、なぜブルジョアジーにとって「危険」なものであるかが私には今日に到ってもまだハッキリと判らないのであるが、それはとに角、資本家打倒でも政党撲滅でも、まして資本主義打倒でもなくて、却って個人の創業と企業欲とを満足させ、一方夫によって勤労者の勤労心を養成しようと云っているのだから、どこに一体実業家や政治家が怒らねばならぬ理由があるのか。金融や産業の制度もウマくして呉れると云うのではないか。それから実業家政治家諸君! 諸君が蛇蝎のように悪む「階級対立観念」は、国防的見地からすると道義的経済観念に立脚すれば消えてなくなるそうである。不道義的な自由競争さえ一寸止めれば、排他的思想はなくなり(尤も国際間の排他思想は別だが)その結果階級対立観念はなくなるというのだから、実業家政治家諸君! 諸君は国防的[#「国防的」に傍点]にさえなれば、万事は諸君の望み通りウマく行くのだ。それに諸君は一体何を怒っているのか。――凡ては国防なのだ、「国防」が万事を解決する、軍部のこのパンフレットはそういう一個の鋭い真理を提唱しているのだ。この真理の判らない実業家や政治家は、子の心親知らずとでも云うべきだろう。
 一体農村問題や思想問題や武力の問題に就いては軍部の提唱に大賛成の意を表しておきながら、経済問題になると突如として不賛成を唱えて怒ったり何かし出すのは、何と云ってもそれは政治家や資本家の得手勝手というものであり、前後矛盾というものである。このパンフレットは一貫した論理を以て貫かれているのだ。一部分だけ賛成して一部分反対するというような卑怯な態度は、国防上許すことが出来ない代物である。
 軍部は実業家・政治家、それから地主の云いたくて仕方のないことを、率直に、統一して纒めて云って呉れているに過ぎない。このパンフレットの発表の動機や時期などを兎や角問題にするの
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