ていいだろう。
第一に、国内問題は国防の見地に立つと[#「国防の見地に立つと」に傍点]、農山漁村の更生の問題として現われる。現時の農山漁村の窮迫は、農村物価の不当並びに不安定・生産品配給の不備・農業経営法の欠陥と過剰労力利用の不適切・小作問題・公租公課等農村負担の過重と負債の増加・肥料の不廉・農村金融の不備(資本の都市集中)・繭絹糸価格の暴落・旱水風雪虫害等自然的災害・農村における誤れる卑農思想と中堅人物の欠亡・限度ある耕地と人口過剰等に起因しているというのである。原因も結果も物質的地盤もイデオロギーも、国防の見地に立てば一列横隊に並ぶらしく、例えば農山漁村の窮迫は、農山漁村生活の不振に起因する、と云ったような項目を要因として挙げておけば、もっとこの横隊が完全になるかと思うが、夫はまあどうでもいいとして、かいつまんで云うと、これ等の原因の大半が都市と農村[#「農村」に傍点]との対立に帰納せられるというのである。つまり農村の窮迫は都市の責任だというのである。読者は陸軍の全知能を傾けて帰納した結論として、この断案を尊重することが国防上必要だということを忘れてはならぬ。
だが都市と云ったって労働者街もあれば貧民窟もある。大邸宅もあれば大官衙もある。それは同じく農村と云ったって大地主もいれば農奴に等しい小作もいるのと変らない。もし万一労働者やルンペンが大地主の責任だというようなことがあったとしたら、農村は逆に都市に対して責任を取らなければならなくなるだろう。処が実際都市の人口の多数を占める労働者やルンペンやその候補者達は、云わば大地主が手ずから都会へ送ってよこしたような連中に他ならないのである。そうするとどうも、都市と農村との対立ということ程ナンセンスなロマンスはないだろう。農村が都市を相手取って、小作問題を起す心配もないし、農村金融の不備が資本の都市集中だというのも変で、農村金融の不備は寧ろ農村高利貸の善意の不備(?)などにあるのではないか。資本が都市に集中するのを羨しがるのは[#「羨しがるのは」は底本では「※[#「義」の「我」に代えて「次」、185−下−4]しがるのは」]農村に於ける資本家(?)のやることで、軍部ともあろうものが夫に相槌を打つべき筋合いではない筈だ。で、軍部は世間の「誤解」を招かないように農村[#「農村」に傍点]というような曖昧な言葉を避けなければい
前へ
次へ
全201ページ中134ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング