搖w」なのであり、その意味に於て形式論理学から区別されて、先験論理学なのであった。
之は従来の形式論理学に対する一つの決定的なショックであったことを見逃してはならぬ。少くとも形式的に止まっていた論理学に改めて内容を入れるということは、単に之にそのまま内容を※[#「※」は「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入することではなくて、この形式そのものを変改する必要を意味している。――だがそれにも拘らず、カントの先験論理学は矢張一種の形式論理学に止まっていることを見ねばならぬ。なる程カントの論理学は形式論理学の形式性を一応打破した。例えば同一律とか矛盾律とかいう極めて形式的な論理法則の代りに、図式(シェーマ――認識が構成されるためのプラン)とか原則(経験を成立させるための諸根本命題)などが提出される。この論理学の問題はその限り形式的ではなくて、科学的認識という具体的事情に照応している。だが之は、何も同一律や矛盾律そのものの批判でもなければ制限づけでもなくて、単に之とは殆んど全く別な課題を選んだということに過ぎない。形式論理学の根本的な最後の立場そのものは、カントの
前へ
次へ
全200ページ中182ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング