ヘ、軍部・ブルジョア政党・反動諸団体の表面上強調する国体明徴の運動によって、遽《にわ》かに促進された。処が国体意識なるものは実は主として国家理論的な乃至は政治学的な技術上の観念であり、主として憲法の法律学的解釈の問題に結びついていたのであるから、各種の内容の日本精神は反自由主義的憲法解釈に於て、共通な一致した三角点を発見することが出来る。従って日本精神の内容は又この点に集中加重される。アジア主義や王道主義の声は衰え農本主義の教説は無用となり、独り絶対主義・国体観念だけが日本精神の中心に置かれることとなる。
日本精神の提唱は一見自由主義に対する抑制であるかのように見える。事実又夫は封建的勢力の高揚に他ならぬように見える。だがもし日本主義を目して単なる封建的勢力の高揚だとしか見ない者があるとすれば、それは日本主義の本質を見誤り、それの処理法を誤るものでなくてはならぬ。日本精神は明らかに日本に強力に残存しつつある封建的勢力を材料とするものであり、もしこの材料に頼らぬとすれば全く成立し得なかったものであるが、併し問題は、何故に、何の目的のために、何の意義に基いて、かかる封建的勢力が日本精神の
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