フが少くないし(例えばデッサウアー F. Dessauer)、テクノクラシー technocracy などもあるが、それがどれも技術至上主義である限り科学的認識とは云えない。だが技術が単に人間の物的生活に対してだけでなく、人類のもつ諸観念に対して如何に根本的な限定力をもつものかという点を注目しなくてはならぬ。技術から完全に切り離された観念・思想・哲学は終局的な客観性と通用性とを有つことが出来ないのが事実だからである。
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文献――K. Marx[#「K. Marx」は斜体], Das Kapital, Bd. ※[#ローマ数字1、1−13−21], 1867.  M. Rubinstein[#「M. Rubinstein」は斜体], Science, Technology, and Economics under Capitalism and in the Soviet Union, 1932.  W. Sombart[#「W. Sombart」は斜体], Krieg und Kapitalismus, 1913.  A. Espinas[#「A. Espinas」
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