局」に傍点]にまで昇格拡大されることになる。「教学刷新」刮目して待つべしであろう。この根本文化政策に較べれば、日本文化中央連盟による「日本的諸学」の観念などは、空疎で不純でスッキリしないことこの上もない似而非日本主義の観を免れない。凡そ、西洋の真似をした嬌羞める[#「嬌羞める」に傍点]日本主義の媚態位い清々しからぬものはないのである。
さて教学の精神を最もよく説いたものは、広島の徳育専門家である西晋一郎博士である。氏の『東洋倫理』という特色ある著書は思うに教学論の模範だろう。私は今『東洋倫理』という著書そのものを批判しようとも思わなければ、その体系を検討しようとするのでもない。氏によって教学なるものが如何に説明を与えられているかを、資料として見たいだけだ。従って例えば次のような道徳的俗物の臭味に対しては一々気を配っていることが出来ない。例えば曰く「性来個人意識の強い民俗の中には同等主義・民主主義の社会組織が発達し、商工の生起に適する処には社会的生活大に発達し、そこには自由競争が盛んとなり、自由競争の盛んなる処には妥協協定の術の長ずる利益社会が栄える。性来親子の情の濃厚なる民族にあっては家族が生活の単位となり、そこには親子の道徳が大に興り、尊卑長幼の序という如きものが重んぜられる。而してかかる処には農業が最も適し、道徳と経済とは互に因をなすのである」云々。
ところで教学とは何か。氏は明らかに教学を科学[#「科学」に傍点]に対立させている。と云うのは氏に云わせると「学」には二種類あると云う。一つは「真理ほど美しいものはないとして、美を求むる『エロス』から出発する真理愛たる所の学」であって、之は「自己表現を期する」学である。「かかる学は実に概念思想を以て結構せられる所の芸術というも可である。」之が恐らく科学のことである。之に反して第二のものは、「敬愛信奉を以て其の始めとし、立志の如何を眼目とし、志を尚ぶことを其の精神とする所の学」であって、之は「行為を期するもの」で「自己表現は志す所でない」という。之が教学なのだ。「敬愛といい、尚志という、すでに自己供捧を意味する。」かくの如く「一般に東洋の学は己を修め人を治めることを目的とする」というのである。――学問[#「学問」に傍点]とか学[#「学」に傍点]とか云われる時、すぐ様之を科学[#「科学」に傍点]と同一視しない心掛けが吾々にも必要であるが、実に科学の意義には二義ないが、学という言葉がこうして抑々老獪な二義性を有っていることを忘れてはならぬ。
「学は学のためにという自己表現的なる西洋風の考えを我々の学者がそのまま受け容れて、これこそ唯一真正の学の考え方であるとするは、ただ一を知って二を知らずというだけのことでなく、自己の性情に副わず、我が歴史的文化との融和を欠き、竹に木を接いだような趣があって、国の教学上軽々に看過することの出来ぬ輸入思想である。」「学のための学と国に忠ならんがための学との間には芸術と道徳との間の相違があり、表現と行為との段階があり、人生統一上深浅の相違がある」のだと云う。――だから教学[#「教学」に傍点]の観念にまで行くことを知らずに、日本的なるものを論じたり、科学的精神を難じたりする者などは、正に慚死すべきであろう。
教学と科学とを対比させる以上、教学と真理との関係に触れないわけに行かぬ。そこで云う、「水流そのものに本も正も横もない、ただ水流の真理あるのみである。それ故にただ真理を以て正邪善悪を定めることは出来ないので、往くも復えるも、歩むも躓くも真理ならぬはない。教は即ち人生の建築であり、人生の耕作であり人生の治水である。その建築・耕作・治水の形相如何によって、かくするが正しくかくするが正しからず、かくするが善くかくするが悪いということが定まる」云々。つまり教学の真理は、ただの真理ではなくて「無数の真理の中に就いて、宜しく選択して人生を建立する」ことであり、「教の立て方によって正邪の異なるは当然である」、「教が立って始めて正邪善悪がある」のだから、というのだ。
ではどういう風に人生を建立するのか。「国民生活の根本的規範たる教は其の国の立て方の全貌そのものである。」そして国の立て方というのは「歴史」のことである。「教無くして歴史は無く、歴史無くして教もない、教と歴史とは相依って立つもので、其の端を知ることは出来ぬ」のだそうである。つまり「教、国家、歴史」は一つづきのものとされる。この「歴史」が何を意味するかは最も興味のある処だが、しばらく先をつづけよう。
国家や歴史と一つになるこの教・教学は、当然なことながら、極めて倫理学的なのであることを免れない。すでに真理の上に正邪善悪という教学的真理の選択がなり立つというからには、この正邪善悪は科学的真理に左右されな
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