ようなものが吾々の概念の分析[#「概念の分析」に傍点]なのである。――概念の分析とは結局性格の分析に外ならない。
概念の分析は単なる概念そのもの[#「単なる概念そのもの」に傍点]の分析ではなくして常に、或るものの概念[#「或るものの概念」に傍点]の分析である。と云うのは、或るものの単なる概念(例えば名辞)の分析ではなくして、その或るものを概念に於て[#「概念に於て」に傍点]分析することである。即ち、性格[#「性格」に傍点]を概念に於て[#「概念に於て」に傍点]分析することでなければならない。処で一般に概念の分析はその分析が汲み取られるべき源泉[#「源泉」に傍点]を有つ必要があるであろう。もしそうでなければ分析は一歩も進められないか、もしくば強いて分析を進めようとすれば分析ではなくして内容なき捏弄に陥って了う外はない。そしてこのことはただ概念がその過程を失喪することに於てのみ発生する。処が過程を失喪することは吾々の概念に於ては許されない(構成的概念であるならば恐らく許されるであろうが)、故に概念の分析は源泉を有たねばならない。この源泉、それがとりも直さず又概念である。分析は概念に於て[
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