在が事実と結び付いている場合)、又本質的でもあり得る(事実が除外された場合)。併し今、形相的還元――それは事実の除外である――によって得られた超越的本質に就いて、その超越性を先験性に還元する場合を考えて見よう*――先験的還元[#「先験的還元」に傍点]。この還元に於て、超越的なるものはその超越的という性格を失喪しなければならない――中和化[#「中和化」に傍点]。そして之に代るべき新しい性格が現象、即ち意識[#「意識」に傍点]なのである。なる程この還元によって自然的世界は或る意味に於て[#「或る意味に於て」に傍点]少しも変容を受けるのではないであろう、庭前の林檎樹はその存在を否定されたり無視されたりするのではない。併し他の意味に於て[#「他の意味に於て」に傍点]は還元前の林檎樹と還元後のそれとは全く別である。というのは還元前に於てはその林檎樹は存在するものとして、その外的存在がそれの性格である処のものとして、存在した。処が還元後に於ては、存在するかしないかは問題にならぬものとして、その外的存在が別にそれの性格ではないものとして、即ち意識現象としての性格のみを有つものとして、それは現象する。
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