燒セするということとは全く別である。であるから空間の根源性という予想を証明しようとすることが失敗に終ったにしてもその故にこの予想を何かの意味に於て説明するということまでが不可能に終る理由はない。吾々が或る何物かを予想する時少くとも吾々がその予想を採らねばならなかった所以を justify 出来るのでなければならぬ。単に空間を予想しなければならぬと云うばかりではなく更に何故に之を予想しなければならぬか、云い換えれば予想そのものがどういう意味を持っているか、を云い表わす仕方を発見することが必要である。空間表象の根源性を説明し得るもの――証明し得るのではない――はカントの観念論に外ならない。カントによれば空間は外観の形式、外的直観の形式である。という意味はカント学徒の云う通り空間が外界成立の規範であり範疇であるということである。併し範疇であると云ってもカント自身の云っている通り空間がカント自身の意味した範疇であるというのではない。空間は直観である。即ち思惟――悟性――ではない。然るに範疇は悟性概念に外ならない。それ故空間が範疇であるという意味は、空間は直観であることそのことによって範疇として
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