ことが出来る。空間感覚は彼によれば「一般感覚」でなければならぬ。ヘルバルトが任意の一つの感覚内容によって、又ベーンが運動感覚を基礎として、夫々空間の発生を説明しようと企てたのとは趣を異にして、空間とは特別の神経或いは感覚内容の特別の一群に基くものではなく、一般的に視神経と触神経とに於ける神経の固有な配置に由来するものである、と説く。感覚圏の説が之である(S. 77)。即ちヴェーバーによれば、先ず感覚内容が与えられてあるとして、この感覚内容がその内に含まれてはいなかった処の特殊の配置に分布され、この配置によって空間表象が生じるというのである。処でシュトゥンプフは次のように論じる。併しこの配置に「よって」とは何を意味するのか。配置そのものは解剖的な関係に過ぎない。之が心理的な空間表象であるというのではない。とすれば「よって」とはこの配置が原因となるという意味の外にはない。処が物理的な刺激は原因となって起こし得るものは空間ではなくして感覚内容の性質――赤いとか冷たいとかの――に過ぎない。それ故この配置が空間表象の原因となるには物理的な刺激が原因であるという意味でのように直接な原因であることは
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