はない。のみならずこの条件を充さないものでも尚空間表象と考えられるものを挙げることも出来る。空間の定義とすら見ることは出来ないと思う。ベーンは――第二種類の一例――運動感覚を用いて空間表象を説明した。時間表象に於ては運動感覚が触感と結び付いていないか或いは結び付いているにしてもその触感が不変である。然るに空間表象に於ては之に反して運動感覚に触感が必ず結び付いていて而も之が変化する。空間とはこの変化する触感が一定の順序を形造りそれが運動を逆にすれば逆となり運動を繰り返せば繰り返す、ということに外ならない、という(S. 44)。即ちベーンの考え方がヘルバルトの夫と異る点は運動感覚を用いたことと、時間と空間との区別を明らかにしたこととにある。併し運動感覚を導き入れて考えるにしてもヘルバルトに対して与えた批評は矢張りそのまま繰り返される筈である。又時間と空間との区別は与えられるにしても、例えば音の感覚の系列と空間との区別はこの考え方に依っては説明されない。それ故私はベーンに対してもヘルバルトに対すると全く同じい批評を繰り返すの外はない(S. 55)。第三種類の考え方の例としてはヴェーバーを採る
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