で今社会科学が真理を有つためには、それと内部的に結合すべき又は現に結合している哲学は、ブルジョア観念論であることは出来ず、正に唯物論でなくてはならぬ、ということになる。実際上の関係から云ってそうなのである。
 この実際上の関係は併し、云うまでもなく理論上の根拠を有っている。そしてそこに問題の鍵が横たわっている。――一体なぜ現代唯物論だけがその学問上の単一性と唯一性とを保証されているのか。それはその体系の動力のメカニズムである範疇組織[#「範疇組織」に傍点]が有っている特質から来ることである。しばらく夫を見よう。

 哲学は一般に方法[#「方法」に傍点]と体系[#「体系」に傍点]とに区別される。この区別には異論はないが、併し組織し体系づけるためでない方法はあり得ないし、方法なしに出来上った組織、体系もない。して見れば二つは同じ過程を指す二つの言葉である他はない。哲学の生命はこの方法乃至[#「乃至」に傍点]体系に存するのである。今この方法を普通に論理[#「論理」に傍点](方法機関――オルガノン)と云い、体系を範疇組織[#「範疇組織」に傍点]と云っていることを思い起こす必要がある。つまり論理
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