ナあるという(両者とも捨て去れば全く形式的な科学である数学しか残らない)。即ち自然科学的方法による科学の対象は、等質的で連続的な形式を持っており、之に反して文化科学的方法による科学の対象は、異質的な不連続的な形式を有つという結果になる。そこでリッケルトは、便宜上、逆に[#「逆に」に傍点]、前者のような方法を採用する気になった方の諸科学を一般に[#「一般に」に傍点]「自然科学」、之に反して、後者のような方法を採用したいと思う方の諸科学を一般に[#「一般に」に傍点]「文化科学」、と定義する。本来の自然科学や実験心理学は、前者にぞくする代表的な科学で、歴史学は後者にぞくする代表的な科学だということになる(例えばよく使われる精神科学[#「精神科学」に傍点]という言葉は、だから不用であり又は妨害となる。それに代るものが文化科学の観念なのである)。
 無論どちらの定義にもあて嵌らない中間領域にある科学は、沢山ある。だがそれは別にこの考え方の不当を証明するものではない。それよりもこの考え方の効用は、普通その性質がハッキリ甄《けん》別出来にくいような諸科学を、この方法のクリテリウムにかけてハッキリさせ
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