g教授の名に結びついているのだが)、一つの科学分類から出発しているのである。尤もリッケルト教授達の思想や業績の持つ一般的な重要さは、強ち高く評価されるべきものではないだろう。世間には遙かに意味の大きな科学的哲学的動きが、沢山ある。だが「科学論」というテーマから云うと、リッケルト等の仕事の意義は充分注目されていいというのである。彼の科学分類と、それから結果する科学方法論とは、歴史科学乃至社会科学や自然科学が、今日のブルジョア観念論哲学の観点から照らされる時、もはや到底収拾すべからざる雑踏と混乱との中に見出される他はない、ということを告げるだろう。実は恰もここに、所謂「科学方法論」なるものの、画期的な歴史的意味があるのである*。
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* リッケルトの科学方法論に関する解説と、やや不充分ではあったが一応の批判とは、拙著『科学方法論』〔前出〕で与えた。私は今、多少の反覆は止むを得ないがなるべく重複を避けたいと考える。
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H・リッケルトによれば(之はW・ヴィンデルバントの始めた考察に由来するのだが)、普通、科学(今は数学や哲学は
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