ト今日の所謂「科学論」は所謂「科学方法論」をその中心課題とすることになった。
併し広範な意味に於て科学論と呼ばれるべきものも、又科学方法論と呼ばれるべきものも、そうだったように、科学の分類という興味は、云うまでもなく古来から存する。之は何も近代になって初めて特別に重大性を認められたテーマではない。私はすでに拙著『科学方法論』(岩波書店――続哲学叢書の内〔本巻所収〕)に於て、科学分類の仕方そのものの分類を与えたから、今ここに夫を繰り返すことは避ける*。ここではただ、次のことだけを付加して注意を促しておきたい。と云うのは、科学分類というこの問題は、恐らく往々そう想像されるような、ペダンティックで教科書風に退屈な、或いは概論的に皮相な、興味からばかりテーマにされて来たものではない、ということである。科学の分類の必要を切実に感じ取った時代には、殆んど必ず、そこに何か新しい科学乃至学問のイデーが潜んでいる。或いは同じことだが社会に於ける科学の地位と役割とが新しく問題にされているのである。
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* 私の書物では、この部分は主に R. Flint, Phi
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