在だという処に存する。実は知識と雖も多くの場合、単に個人が主観的に持つ認識内容には限らないのであって、それが客観的な事物の反映・模写であった限り、社会に生存しまた生存した又生存するであろう他の多数の個人も亦、之を公有し得るのが当然だろう。知識も亦社会的に普及され歴史的に伝えられることが出来る。だが、之が著しく高度に公共化し又著しく判然と伝承され得る場合は、他でもない夫が科学の組織の一断片としての資格を得る時であって、科学とは、知識が社会的に普及され歴史的に伝承されるということ自身が、云わば組織化された場合を指すのである。知識の組織的な普及伝承の形式が科学なのである。この意味に於て、科学にして初めて、社会的歴史的な客観的存在[#「客観的存在」に傍点]となる*。
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* ドイツ観念論では科学というこの客観的な文化財は、精神[#「精神」に傍点]の内に数えられる。というのは、精神とは主観の心を超越して歴史的に社会的に生きる客観的形象のことだ。――客観的精神こそ精神の本領である。
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 ここでは個々の社会人が歴史の動きにつれて得たり失ったりするだろう各種の断片的で無組織な知識が、社会的なスケールに於て整頓され淘汰され、一定共通の形態の内に吸収整理される。知識を所有する諸々の意識乃至観念は、一つの形態[#「形態」に傍点]を与えられることによって初めて客観的に定着[#「定着」に傍点]される。と云うのは、知識は一種の観念形態[#「観念形態」に傍点]としてのイデオロギー[#「イデオロギー」に傍点]にまで客観化せられるということである。この観念形態としてのイデオロギーにまで客観化せられた知識が、所謂「科学」乃至学問なのである*。
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* イデオロギーは観念形態という意味の他に、社会意識とか政治意識とか思想傾向とかを意味するし、又単に社会に於ける観念的上部構造をも意味する。元来は社会的乃至歴史的原因によって発生した虚偽な意識の意味であった。この点に就いては新明正道『イデオロギーの系譜学』、拙稿『イデオロギー概論』〔本全集第二巻所収〕、其の他を見よ(なお後を参照)。
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 元来科学は一定単位の実在の組織的反映であった。処がこの組織的反映の内容は結局知識の組織的構成[#「構成」に傍点]のことだったが、科学に於けるこの構成組織は併し、科学そのものが一つの客観的な歴史的社会的存在であり、歴史的社会に於ける公共的伝承的な所産であったから、之は歴史的社会的条件によって制約された構成組織でなくてはならないわけだ。知識(模写)はすでに人間の実践活動(感覚・実験・其の他社会的実際活動)によって構成されたのであったが、今や科学のこの歴史的社会的条件に基く構成組織には、この人間の実践活動、特にその社会的実践活動の役割が又、著しく組織的となる。
 処で社会人の実践活動と云えば、彼が如何なる社会階級にぞくするかによって、意識上、一等根本的な区別を生じるのであるから、従って科学には所謂階級性[#「階級性」に傍点]が発生することとなるのである。科学の階級性は、場合によっては科学をして却って愈々その科学性を高めさせるが、反対の場合には科学からその科学性の重大な部分を奪って之を歪曲する作用を有っている。往々にして、反映すべき実在の原物からの印象の強さに較べて、遙かに強力な牽制力を科学構成に及ぼすものが、この階級性なのである。
 科学の階級性の議論に就いては詳しくは後に見るとして、今は科学が、その階級性によって、単に表面上の[#「表面上の」に傍点]科学的諸結論だけを左右されるのではないということを、注意しなければならぬ。階級性が単に科学の外面又は外郭だけに影響するのならば、科学者の公正にして冷静な頭脳や、真理への愛は、容易にそのような階級性などの圧力をはね退けて了う筈だろう。処が階級性が巣食っている処は、意外にも科学そのものの内部に、而も最も深部に近い処に、あるのである。と云うのは、科学の階級性は、科学構成の枢軸とも云うべき科学の方法[#「方法」に傍点]そのものの内に、すでに潜んでいるのである。
 科学のイデオロギー性は、一見単なる社会的規定[#「社会的規定」に傍点]に過ぎないように見えるだろう。なる程確かに夫は社会的規定の外へは出ない。だが科学の論理的規定[#「論理的規定」に傍点]そのものがこの社会的規定によって制約されているとしたら、もはや之は単なる[#「単なる」に傍点]社会的規定だと云っては済まされないだろう。ブルジョア経済学とマルクス主義経済学とは、単に同じ科学が階級的利害に応じて相反する結論を与えるだけなのではない。ブルジョア経済学と雖もマルクス主
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