て最も誤られ易い点は、それが常に何か倫理的、道徳的なものだと考えられる点だ。フィヒテはそこから、典型的な観念論[#「観念論」に傍点]の代表者となったのである。だが実践こそ、吾々が今まで見て来た筋書き通り、感覚や知覚となって第一に現われるもので、唯物論[#「唯物論」に傍点]の枢軸だったのである。
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そこで、今人間のこの実践活動が、歴史的、社会的なものだとすれば、同じくこの実践活動が知識構成の手続きであった以上、知識の客観性を保証・確保・検閲するためのこの知識構成過程も亦、要するに人間の実践活動に帰着するものであり、又後者の一部分[#「一部分」に傍点]として初めて成り立つことが出来るものだ、ということを結果するわけである。認識の客観性は、単に知識としての知識(実践から独立した孤城の主としての知識)の内には求めることが出来ず、人間の社会的な(又歴史的な)実践活動の一部分としての知識の内にしか求めることが出来ない。と共に、知識・模写は、何等かの仕方に於ける[#「何等かの仕方に於ける」に傍点]人間の社会的実践活動が介入して構成の労をとることなしには、事実上なり立たない、という結論になるのである。
尤もどういう仕方に於て実践[#「実践」に傍点]の要素が認識[#「認識」に傍点]の過程に介入するかは、分析を必要とすることで、単に知識の理論的な行きづまり――夫は理論的矛盾となって現われるが――を実地や経験というものの責に転嫁して、理論的な解決を打ち切ることは、ファシスト的アクティヴィズムか、僧侶的な神秘主義のデマゴギーにぞくする。云うまでもなく理論はどこまでも理論であり、之に対して事実はどこまでも事実である。知識は知識であり、実践は実践なのだ。だがこの理論や知識のそれ自身の自律による一貫性が、実は経験的事実なり実践的な問題の解決なりの、線に沿うてしか起こり得ないということ、或いは起こらなくてはならぬということ、夫が今大切なのだ。実践は理論に向って、思い出したように時々干渉するのではない。例えば物理学の理論は既存の実験を根拠として成立しているのであって、単なる理論があって夫が行きづまった時偶々実験に訴えるのではない。実践は常に認識の裏や表につき添っている。如何なる認識もその意味に於て実践の理論的な所産[#「理論的な所産」に傍点]に他ならない。
で、それだけ云えば、意識による実在の所謂模写[#「模写」に傍点]・反映[#「反映」に傍点](即ち認識だが)なるものが、観念論哲学によって想像されるような受動的で静止したステロタイプのものではなくて、却ってそれ自身主体の実践的な能動による構成[#「構成」に傍点]に他ならないということが、明らかだろうと思う。但し夫にも拘らず、認識は常に、ものをそのあるがままに捉えるという模写・反映の鏡の譬喩の元来の意味を、失うことは出来ないのだ*。
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* なお詳しくは、拙稿「実践的唯物論の哲学的基礎――物質と模写とに関して」(『理想』三八号)〔本全集第三巻所収〕を参照。
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さて以上は、一般に知識乃至認識に就いて、その模写[#「模写」に傍点]と構成[#「構成」に傍点]とを説明したのであったが、今や吾々はこの一般関係を科学[#「科学」に傍点]にまで押し及ぼし得るし、又押し及ぼす必要があるのである。科学は知識乃至認識の或る特別な組み合わせの場合に他ならないだろうからである。と共に、この科学としての知識乃至認識に至って初めて見出される固有[#「固有」に傍点]な、実在の模写[#「模写」に傍点]と知識の構成[#「構成」に傍点]とに就いて、分析することになるのである。処が模写の夫々の仕方と云えば、つまり知識の構成のことだったから、科学一般に固有な模写ということは、つまり科学一般に固有な知識構成[#「知識構成」に傍点]は何かということに帰着する。科学論の問題は今や、模写[#「模写」に傍点]の問題を取り扱う認識論[#「認識論」に傍点]の主題から、知識構成[#「構成」に傍点]の理論へ移る。――
処で科学とはどういう資格を有った知識のことであるか。だがよく考えて見ると、知識それ自身が一つの構成物であった。そして構成するには一定の構成目的とその目的に適した構成手段とがあったわけだが、知識はこういう目的と手段との間に成り立つものであった。処がこの構成目的は何かと云うと、前に云ったようにつまり実在の模写に他ならない。して見ると、知識なるものはすでに、どういう場合でも一つの組織物[#「組織物」に傍点]=体系[#「体系」に傍点]であり、そしてその体系が実在の構造や機構に照応すべく之を反映しているのだ、ということになる。だが、実在の任意の一部分を取っても夫
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