ている一つの常識概念であって、云わば社会の一般的な(独り労働手段に限らず又労働力に限らず又更に単に生産力に限らない処の)技術的水準[#「技術的水準」に傍点]を云い現わす言葉だろう。この社会の技術水準を決定する要因と標識との第一が、この労働手段体系であったのだと云っていいだろう。
 で生産力の技術的規定(技術性)が、労働手段に就いては、所謂「労働手段の体系」として見出される。次に労働力に就いては、之が労働技能[#「技能」に傍点]となって現われるのである。技能とは人間的労働力がもつ一つの資格である。云うまでもなく之は、労働手段乃至その体系に対応して初めて成り立つものであり、従って第一次的に夫によって決定されるのだが、併し二次的には逆に労働手段のもつべき諸条件をば決定する標準となるものである。機械は、機械操作に於ける労働者の労働力技能を客観的に発達させ、又一定の客観的な技能水準を労働者に要求する。だが又逆に、例えばコンベーヤー・システムは、与えられた一定技能水準を条件とするのでなければ、構成出来ない。労働工率乃至生産工率(エフィシェンシー)という言葉は、恰もこの技術性の二つの規定を結びつけているだろう(尤も企業合理化に於ける所謂能率[#「能率」に傍点]としてのエフィシェンシーは、資本制による利潤追求の機構が之に干渉しているのであるが)。――だが、技能は事実、社会に於ける技術水準[#「技術水準」に傍点]の、主体的な個人的な反映に他ならない。だから夫は結局、労働手段体系[#「手段体系」に傍点]の、主観的な人的な反映だったのである*。
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* 技術の概念に関する議論に就いては、拙稿「インテリゲンチャと技術論」(『日本イデオロギー論』〔前出〕の内)及び岡邦雄『新エンサイクロペディスト』の内を見よ。――なお相川春喜『技術論』(唯物論全書――未完の部)がこの問題に触れるだろうと考える。
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 労働対象(自然的物質)に就いての生産力の技術性も亦、一考には値いするだろう。例えば鉱山の発見は労働手段体系と労働技能との発達を促進するし、逆に後の二者は、そうした土地の生産性を技術的に高めることによって、云わば之を技術的な[#「技術的な」に傍点]労働対象として見出すだろう。だがこの場合、労働対象を技術的たらしめるものは、云うまでもなく労働手段体系(それに付随して労働技能)であって、この労働手段体系が、云わば労働対象にその技術性を付与するのだと云ってもいいのである。で労働対象に於ける技術性は単に二義的な意義のものに止まるだろう。特に今の場合のように、問題が技術とイデオロギーとの関係にある時、いよいよそうなのである。

 さて右に述べたような生産力の技術性は、まず第一に自然科学[#「自然科学」に傍点]に対して極めて特有な関係を有っている。と云うのは、生産力の技術性から直接発生するものは技術的知識(技能[#「技能」に傍点]と知能[#「知能」に傍点])であり*、之はやがて技術学的(農学的・工学的・工芸学的・又医学的)知識なのであるが、自然科学は恰もこの技術学的要求と条件とに従って、歴史的に発生し、促進され、その課題の統制を得る、というのが、根本的な事実だからである。今更云うまでもないことであるが、自然科学は何かそれ自身の学問のイデーとか理想とかを追うことによって、発生したり発達したりするのではない。そうした科学的理念や真理の愛こそが、却って自然科学的意識の発達(ルネサンス以来特に著しい処の)の結果であって、この意識を産んだものは技術学的条件と要求とによって社会的に展開の必然性を受け取った限りの自然科学だったのである。自然科学の発達の結果が、技術学のより以上の発達の条件となり、従って生産力の技術性を発達させ、従って又社会に於ける生産技術水準を高める原因になるということは、勿論だが、自然科学がそういう程度にまで発達し得たということ自身が(今直接関係のない他の因子を除いて考えれば)、技術学的な条件と要求とに基いてのことであり、従って又生産力自身の技術的な条件と要求とに基いてのことである**。つまりその意味に於ける社会の技術的水準に結局は原因しているのであった。
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* 知能(インテリジェンス)はインテリゲンチャ問題に就いての根本的な看点を提供する。インテリゲンチャが何等かの社会階級問題乃至労働運動の問題となり得るためにも、まずこの看点が掴まれなくてはならぬ。そうでなければインテリゲンチャの特有[#「特有」に傍点]な社会的役割は没却され、ただの中間階級の不安や動揺という一般社会現象に還元されて了うことになるからだ。
** 自然科学が生産力の技術的与件と要求とによってその
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