ノ傍点]する。資本主義社会・ブルジョア社会は、自分の特有な特色として、商品世界を抽出[#「抽出」に傍点]するのである(商品でない処の事物がいくらでもあるということは、この社会の総括的特徴[#「総括的特徴」に傍点]が商品社会だということを何も妨げはしない)。之は歴史がその過程を通じてブルジョア社会にまで具体化[#「具体化」に傍点]して来た、その結果、必然的にそれ自らに施す処の抽象[#「抽象」に傍点]・自己分析[#「自己分析」に傍点]である。吾々が今、社会の、即ちブルジョア社会の、分析を始めるためには、――そして分析とは常に抽象である――、だから、この商品という抽象物を、吾々の行なう分析(抽象)の手懸りとする他はないのである。吾々の分析は、かくて、社会の歴史が現在に於て示している自己抽象[#「抽象」に傍点](商品の抽出及びそれに続く一切のもの)に従うことによって初めて、客観的な社会の現在段階に於ける具体的[#「具体的」に傍点]連関を認識に迄反映することが出来る。一般に吾々は、こうやって初めて、分析という抽象[#「抽象」に傍点]を用いることによって却って認識を具体[#「具体」に傍点]化することが出来るのである。
 ブルジョア社会に於ける商品は、社会自身の構造を自分の構造として集約している。商品には一切のブルジョア社会関係が、その人的関係をも含めて、含蓄されている(商品の物神崇拝性[#「物神崇拝性」に傍点])。夫はこうである。
 商品は何時の世でも、使用価値と交換価値とを持つが、ブルジョア社会の商品は、使用・消費故の交換を目的として生産されるのではなくて、単なる[#「単なる」に傍点]交換を目的として生産されるのを一般的な事情とするのだから、商品価値は専ら交換価値に帰着する。様々に質を異にした使用価値は、そのものとしては相互の比較を許さないが、交換価値になれば共通の尺度によって相互に比較されることが出来る。商品の価値は、与えられた発展段階に於ける生産関係に相応する処の平均的な人間の平均労働[#「平均労働」に傍点]のどれだけが(何時間分が)その商品生産に必要であるかによって、決定される。価値の生産者は人間労働である。――この価値に基いて初めて商品交換は可能となる。そして一切の商品交換のための共通な手段として、特殊な物性と社会的機能とを具えた一定の商品として、金[#「金」に傍点]
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