ネ部分だけが精神的な部分を決定・規定すると見るのは片手落ちだ、同時に、精神的なものも亦物質的なものを決定・規定するのが事実ではないか、そうすれば、社会のこの二つの部分の決定・規定の関係は、交互関係[#「交互関係」に傍点](Wechselwirkung)又は、相関関係[#「相関関係」に傍点](Korrelation)でなければならぬ、と。成程それは事実[#「事実」に傍点]である、歴史的社会の現象[#「現象」に傍点]はその通りだ。だが社会科学の問題は、こういう現象を如何に統一的に分析するかである、即ちこの現象[#「現象」に傍点]を如何にその本質[#「本質」に傍点]から説明[#「説明」に傍点]するかにある。で、そういう本質を見出すために吾々は、諸現象を区画している処の現象形態[#「形態」に傍点]を見付けねばならぬ。即ち諸現象を形態的に[#「形態的に」に傍点]規定・決定している処の本質を見出さなければならない。処でこうやって見出された限りの本質が、他でもない社会の物質的な下部構造――生産諸関係――だと言うのである。歴史的社会の存在を部分的[#「部分的」に傍点]に取り上げて好いならば、どこでも物質的なものと精神的なものとは交互決定[#「交互決定」に傍点]の関係に置かれているだろう。併し之を全般的[#「全般的」に傍点]に・統一的[#「統一的」に傍点]に・形態的[#「形態的」に傍点]に、取り上げるためには、そういう認識は役立たない。個々の現象[#「個々の現象」に傍点]に就いては交互決定があろう、統一的な現象諸形態[#「現象諸形態」に傍点]に就いては、もはや一方的な[#「一方的な」に傍点]――唯物論的な――決定関係しかが畢極に於ては残されない。そうしないと、社会の歴史的過程を吾々は展開も出来なければ遡源も出来ないだろう、社会の歴史的認識[#「歴史的認識」に傍点]も社会に於ける政治的実践[#「政治的実践」に傍点]も不可能となるのである。イデオロギーが終局に於て[#「終局に於て」に傍点]、社会の下部構造によって規定・決定されると言われる所以である。――之が唯物史観的方法の唯物論[#「唯物論」に傍点]のモメントに相当する。
さて之だけの準備をした上で吾々は、史的唯物論の核心に多少踏み込むことが出来る。
史的唯物論によれば社会は歴史的な発展物である、社会は変化する。無論社会の変化は単
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