るのである。元来思惟が思惟であるためには、ただの観念や表象や又空想であってはならないので、云うまでもなく認識でなくてはならぬ。と云うのは、実在の反映・模写でなければならなかった。そうすると、思惟一般の根本法則(夫が唯物弁証法一般だったわけだが)は、無論この実在の根本法則に照応すればこそ、初めて思惟[#「思惟」に傍点]の根本法則でもあり得たわけだ。従って、思惟一般は、最初からそれ自身としてまず横たわる処のものではなくて、却って実在の具象的な諸認識、人類の総経験、の歴史的所産として初めて抽出された、一結果に他ならない。之は一切の認識がそれに基く処の想定ではあるにしても、この想定自身が却ってこの一切の認識の所産だったのである。して見るとここから明らかなように、思惟一般の弁証法がまず第一にあって、夫が自然に関する又社会に関する思惟にまで適用されて初めて、自然弁証法と史的唯物論とが成立するかのような[#「かのような」に傍点]云い表わし方は、何と云っても誤りでなくてはならぬ。
実はまず初めに自然弁証法と史的唯物論とが何等かの過程を通じて(ここにも亦同じ形の問題が伏在しているが)、成り立つべきであって、それからの抽象物として初めて、思惟一般の弁証法が成り立つ、という風に云わなくてはならぬ。そうしないと、認識=思惟が実在の反映であるという唯物論的な認識理論の根本が、正当な権利を主張出来なくなるからだ。つまり夫だけ弁証法に対して観念論的な見解を混入することになるからである*。
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* 思惟一般の根本法則としての唯物弁証法一般をまず想定しておいて、之を自然に対する思惟(自然科学)や社会に対する思惟(社会科学)に適用しようと考えれば、それが可能であるためには、弁証法はこの二つの科学に於ける天下り式の方法[#「天下り式の方法」に傍点]である他はなくなる。科学に於けるこの天下り式方法を自然弁証法や史的唯物論だと見做すのが、デボーリン主義として批判された方法論主義[#「方法論主義」に傍点]である。――だがこのことは、自然弁証法や史的唯物論が持っている科学の実際的な方法[#「実際的な方法」に傍点]としての意義を、少しでも軽んじるということではない。科学の方法によらずには何等の科学的世界も成り立たない。科学的世界に於ける方法の最も重要な役割を見落すことは全
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