く労働手段体系(それに付随して労働技能)であって、この労働手段体系が、云わば労働対象にその技術性を付与するのだと云ってもいいのである。で労働対象に於ける技術性は単に二義的な意義のものに止まるだろう。特に今の場合のように、問題が技術とイデオロギーとの関係にある時、いよいよそうなのである。
さて右に述べたような生産力の技術性は、まず第一に自然科学[#「自然科学」に傍点]に対して極めて特有な関係を有っている。と云うのは、生産力の技術性から直接発生するものは技術的知識(技能[#「技能」に傍点]と知能[#「知能」に傍点])であり*、之はやがて技術学的(農学的・工学的・工芸学的・又医学的)知識なのであるが、自然科学は恰もこの技術学的要求と条件とに従って、歴史的に発生し、促進され、その課題の統制を得る、というのが、根本的な事実だからである。今更云うまでもないことであるが、自然科学は何かそれ自身の学問のイデーとか理想とかを追うことによって、発生したり発達したりするのではない。そうした科学的理念や真理の愛こそが、却って自然科学的意識の発達(ルネサンス以来特に著しい処の)の結果であって、この意識を産んだものは技術学的条件と要求とによって社会的に展開の必然性を受け取った限りの自然科学だったのである。自然科学の発達の結果が、技術学のより以上の発達の条件となり、従って生産力の技術性を発達させ、従って又社会に於ける生産技術水準を高める原因になるということは、勿論だが、自然科学がそういう程度にまで発達し得たということ自身が(今直接関係のない他の因子を除いて考えれば)、技術学的な条件と要求とに基いてのことであり、従って又生産力自身の技術的な条件と要求とに基いてのことである**。つまりその意味に於ける社会の技術的水準に結局は原因しているのであった。
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* 知能(インテリジェンス)はインテリゲンチャ問題に就いての根本的な看点を提供する。インテリゲンチャが何等かの社会階級問題乃至労働運動の問題となり得るためにも、まずこの看点が掴まれなくてはならぬ。そうでなければインテリゲンチャの特有[#「特有」に傍点]な社会的役割は没却され、ただの中間階級の不安や動揺という一般社会現象に還元されて了うことになるからだ。
** 自然科学が生産力の技術的与件と要求とによってその
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