、文化とか政治とか生活とかいうものを、科学につけてあまり反省して見ない点から、来るらしく思われる。
さて、科学とは何か? である。之は科学の専門家にきいても、必ずしも権威あるものではないという結論だった。すると、吾々一般世間人自身が、今から改めて(専門科学者の専門的研究ににらみ合わせながら)、省察し、つき止め、構築して行かなければならない根本理念の一つであるということになる。「科学」という観念は、まだ既成品としては与えられていない、ということをまず反省して見なくてはならぬ。科学的であるということが何かは、極端に云えば、大方の科学者や科学論者や科学主義者に、判っていない。
理論的乃至論理的なことをそれだけで科学的だと考えている人もいる。然らばスコラ学は最も科学的であろう。体系的ということで科学的の代りになると云うか。然らば一切の法律は科学的である。方法的であることか。では囲碁は科学であるのか。
一般化が科学的か。未開人は一切の不幸を悪魔の仕事として一般化している。因果的説明によることが即ち科学的であるのか。因果律や説明という問題については多くの論証が今日では必要になる。予見し得ると
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