Cデオロギー論による諸イデオロギーのこの批判こそ、恰も先から云っていた科学的批評[#「科学的批評」に傍点]だったのである。
 再び云おう、イデオロギー論は唯物史観のものである。処が唯物史観はプロレタリア階級の歴史観に外ならない、それは階級的[#「階級的」に傍点]な見地に立ち、プロレタリア階級がブルジョアジーの階級を克服することによって歴史の進展を実践的に実現しようと欲する処の、階級性[#「階級性」に傍点]を持った歴史観なのであった。処でイデオロギー論は、プロレタリアのこの階級闘争[#「階級闘争」に傍点]のための理論機関の外はない。そして科学的批評は又そのための武器だったのである。
 イデオロギー論はであるから、先ずプロレタリアのイデオロギーに立つのでなければ何処にも成立しはしない。階級的判決を下し得るものは、それ自身階級性[#「階級性」に傍点]を有たざるを得ない。イデオロギー論はそれ自身一つのイデオロギーの体系であるが、イデオロギーがそうであったように、イデオロギー論は階級性を有つからと云って一般的に虚偽[#「虚偽」に傍点]に帰着するものではなく、プロレタリア的階級性を有つが故に、却っ
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