ノ叙述し展開しつくしているが、之に反してまだ若いジャーナリズムにとっては、まだその凡ゆるモメントが客観的に展開し尽されては居ない。ジャーナリズムは、その可能性がまだ悉くは実現していない、それは客観的に様々なモメントを混同している、それは多分の未来を有つ。と云うのは、今日のジャーナリズムの形態は取りも直さずブルジョア・ジャーナリズムであったが、そして近来わが国のジャーナリズムも、急速に左翼イデオロギーを閉め出し始めたが、併しこのジャーナリズムの内には近来まで、左翼イデオロギーのための余地が残されていなくはなかった。そしてより重大なことは、今日ではすでに、ブルジョア・ジャーナリズムから独立に、プロレタリア[#「プロレタリア」に傍点]・ジャーナリズム[#「ジャーナリズム」に傍点]が発育し始まっているという事実である。
 近代ジャーナリズムは近代アカデミズムに較べてその発生の時期が新しいにも拘らず、尤も之は当然なことだが、却ってアカデミズムよりも現に先の歴史的段階を歩いている。アカデミズムとジャーナリズムとの矛盾の止揚はだから、アカデミズムの側からではなくて、正にジャーナリズムの側から、而もプ
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