_へ、分け入ることが出来る。茲には意識形態論[#「意識形態論」に傍点]としての(まだ文化形態論までは行かない)、イデオロギー論の多くの課題が待っている。――今は一二の例を挙げておくに止めよう。
一、病理心理学又はフロイト主義精神分析は、吾々の社会心の概念に立って、もう一遍起用されて好いだろう。吾々は今日、個人的素質に於て非常に優れた人々が、その社会生活意識に於て病的精神状態に陥っている場合を我邦に於て相当沢山知っている。之は併し決して一個人の意識の問題として取り扱われるべきではない、それは云わば社会精神病理学的[#「社会精神病理学的」に傍点]な見地から、見られなければ解決出来ない。実際これ等の人々も、単なる精神病学にとっては全く健全な患者に過ぎないだろうから。――そして注意すべきは、之が特に宗教[#「宗教」に傍点]と密接に連絡している場合が甚だ多いという事実である(例えば大本教)。元来宗教は一つの文化形態[#「文化形態」に傍点]としてのイデオロギーであるが此処では夫が、何かの意味の宗教心理学を利用することによって、一つの意識形態[#「意識形態」に傍点]としてのイデオロギーとして、社会
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