、なものが吾々の社会心理学に於ける社会心[#「社会心」に傍点]――これはこれまでどの概念の下にも困難を伴った――である。このようなものが又、吾々に取って一般に、意識[#「意識」に傍点]の概念なのである。こうした意識乃至社会心を代表[#「代表」に傍点]すると考えられるものが、そして階級意識であった。夫は無論単に個人意識でもなく、そうかと云って社会理論のための作業仮説でもない。それはプロレタリアの代表的大衆[#「代表的大衆」に傍点]――無論数学的な全部や多数ではない――の個々の心理の内に、様々の水準に於て又様々の側面を示しつつ、事実上生きている*。だがそれが階級という社会的性格によって集約されるから、それは一定形態[#「形態」に傍点]――一定性格――の下に統一される。こうして集約され統一された限りの大衆の意識形態が、階級意識というイデオロギー――意識形態――なのである。
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* L. Rudas のルカーチに対する批判はこの点で正しかった。
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 吾々は今や、階級意識を代表的性格とすることによって、一般に意識形態乃至社会心の諸理
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