ノ来ているのである。階級意識は存在ではない、それは理念である、それは歴史的情勢の分析の結果[#「結果」に傍点]初めて有たれるであろう処の意識の、非現実性――理想性――を云い表わすための概念である、決して歴史的情勢の分析を動機する処の原因[#「原因」に傍点]を示すものではない。プロレタリアの有つ事実上の階級意識は歴史的情勢の分析の原因である、処がこの歴史的情勢の分析の結果初めて之に帰属せしめられねばならぬルカーチの階級意識は、誰によって有たれるのか。それは理論家――ルカーチがその一人――によってしか持たれない。理論家・インテリゲンチャの持ち得る階級意識は、プロレタリアの持っている階級意識の、理想・手本でなければならない。階級意識はもはや階級(プロレタリア)によって持たれることが出来ない、階級意識は非階級(インテリゲンチャ)によって初めて与えられる。こうなれば一体誰が主人であるのか。歴史に於ける理論・意識・インテリゲンチャの過重評価――所謂福本主義はルカーチの後裔である――はここに淵源している。
 ルカーチによる階級意識は、個人意識でもなければプロレタリア大衆(Massen)によって事実上
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