黷ホならないのは、第一に、ここで観念の形態=イデオロギーと呼ばれるものは、云わば客観的に見出される文化現象を意味するのであって、必ずしも意識の一定形態――意識形態――を意味してはいない・ということである。意識形態という意味でのイデオロギーは彼によれば寧ろ、今社会人の心理[#「社会人の心理」に傍点]と名づけられたものに相当する。事実彼は、同一の意識形態[#「意識形態」に傍点]も、文化領域の異るに従って様々の観念形態を取らねばならぬということに就いて、力を極めて説いている。では第二に、この社会人の心理とは一体どういうものであるか。それは社会人の心理であるのだから、単純に個人心理――個人の意識――でないことは明らかであるが、では個人心理と夫とはどう関係するのであるか。このイデオロギーは社会心理[#「社会心理」に傍点]とでも云うべきものであるのか。そうすれば社会心理とは何であるか。プレハーノフはこの点に就いて、余り問題を見出してはいないように見える。彼にとっては、恰も先に吾々が試みようとした意識概念の変革は、全く無視されて了っているか、そうでなければ何時の間にか解決済みになっているように見える
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