\―、審査しつつある作品の美学的価値の評価でなければならない」(プレハーノフ『二十年間』第三版序文――蔵原惟人訳)。――「芸術社会学」の問題が何にならなければならないかが茲に明らかである。今は「美学」の代わりに「論理学」を、「美学的価値」の代わりに「論理的価値」を置き換えれば好い。
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 さてあるべき知識社会学・イデオロギー論は、ただマルクス主義の内に於てのみ、発見され展開される必然性と可能性とがある。マルクス主義的なこの課題は恐らく「芸術社会学」などにも増して、より根本的な重大さを持つだろう。実際それは、殆んど凡ゆるマルクス主義的理論の隅々にまで織り込まれていると云っても好い。併しそれにも拘らず、それはまだ知識社会学自体としては、必ずしも目立たしい程充分に展開されてはいないように見える。だが、問題は、それであればこそ愈々益々重大である*。
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* 之に関係を持つ著述として、吾々はさし当り、〔K. A. Wittfogel, Die Wissenschaft der bu:rgerlichen Gesellschaft〕 と
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