`ャのイデオロギーではなかったか。インテリゲンチャこそは非イデオロギー的――超階級的――であると云うであろうか。併し彼はそう宣言することによって、単にブルジョアジーのイデオロギーに一致するまでのことである。――問題はかのわが国でも暫く前から有名になったインテリゲンチャ論に帰着して行くようである。
階級は階級対立の観念的な否定[#「観念的な否定」に傍点]によっては止揚されない、それと全く同じに、イデオロギーはイデオロギー対立の社会学的な媒介[#「社会学的な媒介」に傍点]によっては止揚されない。イデオロギー一般を止揚し得るものは、或る一定のイデオロギーのみである、否そのような一つのイデオロギーを産む実践的な地盤だけである*。
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* A. Fogarasi も亦吾々と殆んど同じ仕方によってマンハイムの Ideologie und Utopie を批判した(Unter[#「Unter」は底本では「Uuter」] dem Banner des Marxismus, 1930. 3)。――なお K. A. Wittfogel, Wissen und Ge
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