何が文化的精髄を持ち、之に反して何がそのような特殊の表示形態から独立して「真なるもの」であるか。三、如何なる科学が共働作用を許すか、インターナショナルであり得るか、そしてどのようなものがそうでないか。四、如何なる科学とその科学の如何なる部分が民族文化が亡びても残るか(〔Scheler, U:ber die positivistische Geschichtsphilosophie des Wissens.〕)。――併し問題は羅列されることを許さない、必ず中心的な問題がある筈である。
[#ここで字下げ終わり]
 知識の社会学に於て、吾々は二つの概念の結び付きを見る。知識と社会。この二つが結び付くには併し二つの概念は夫々特有な特別な規定を与えられて来なければならない。まず知識の方は単なる知識としてではなくて一つの社会的存在としての知識となる。処が社会は又単なる社会ではなくて歴史社会でなければならない。そこで知識は、社会に於て歴史的に発展すべきものとして、問題とならざるを得ない。それは歴史的に変化する一つの社会的存在[#「社会的存在」に傍点]である。だが知識はそれが知識であるからには単に変化
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