tive(強いて云えば直線的)に行われる。前者に於ては、歴史的展開の一定の意味での弁証法的形態が、比較的顕著であり、後者にあっては之に反して、その弁証法的形態は低度である、というに過ぎない。例えば哲学上のプラトン主義は常に何かの形をとって思想の歴史の上で回帰して来る。だがプラトン自身の体系[#「体系」に傍点]がそのままの形を以て回帰して来ることは出来ない。哲学が螺旋状をなして進歩する所以である。又例えば観念論は螺旋の反対の極に立つ唯物論と対立する。二つは相互に否定し合う。哲学の進歩が全体として、図式的に、優れて弁証法的である所以である*。――実証科学は然るに必ずしもそうではない、そこでは同一主義の学説が回帰するとは考えられず、又は事実回帰すると考えられるような場合があっても、その回帰は哲学に於てのような重大さを持つとは思われない。実証科学の進歩が云わば[#「云わば」に傍点]直線的な所以である。その限り実証科学に於ては、対立と否定とがそれ程著しい役割を果さない、何となれば対立や否定は常に前のものの正統的[#「正統的」に傍点]発展――修正――の外形の下にも行われることが出来るからである。哲
前へ
次へ
全378ページ中236ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング