nである[#「ある」に傍点]ために、文化[#「文化」に傍点]社会学でなく[#「なく」に傍点]ならねばならぬ。文化社会学それ自身が、今やこうした中途半端な矛盾の過程なのである。

[#3字下げ]四[#「四」は小見出し]

 併し、吾々は何も、文化社会学がフロイト主義的文化理論にまで帰着しなければならぬなどと云いたいのではない、無論決してそうではない。フロイト主義的文化理論は元来それ自身に重大な制限を有っているのだから、たとい夫が文化社会学の一つの制限[#「一つの制限」に傍点]を指摘し得た処で、決して夫の代用物などにはなれない(第六章を見よ)。文化社会学の以上の如き矛盾を解くには、文化社会学はイデオロギー論[#「イデオロギー論」に傍点]となる外に途を有たないのである。そしてそれは(マルクス主義的)イデオロギー論[#「イデオロギー論」に傍点]の外にはないのであった。文化はイデオロギーとして取り上げられねばならないのであった(第一部を見よ)。
 所謂文化社会学――その本質が何であるかを吾々は今まで見て来たが――は併し、云うまでもなく、自らをイデオロギー論から峻別しようと欲する。現に、アルフレッ
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