`而上学的[#「形而上学的」に傍点]・宗教的[#「宗教的」に傍点]・背景を示さずにはおかない。その時文化は、正にかのドイツ民族風の、形而上学的・宗教的な本質を暴露しなければならないのである。そこでヴェーバーは文化を定義して云っている、「吾々の形而上学的存在が有つ統一への意志が、吾々自身の内面的存在の全体性と外界で之に対立している全体性とに向けられる時、この統一への意志が創造するもの、即ち又、人格性と世界との総合を現わすもの、之が文化であり文化的作意である」と**。文化は全体者[#「全体者」に傍点]であり、永遠者[#「永遠者」に傍点]を意欲し、常に新しき絶対者である、夫は全世界の最深の奥義[#「最深の奥義」に傍点]である。処でかかる世界の形而上学的な奥義は、宗教的世界観に於ては、恰も神[#「神」に傍点]と呼ばれるものに相当する。単なる事実的存在の世界からの救済[#「救済」に傍点]こそ、文化の使命である、文化は人類の運命[#「運命」に傍点]なのだ、彼はそうつけ加えることを決して忘れない***。
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* 以上は Ideen, S. 40―42 を見よ。
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