nまった。二つのものに共通な点は要するに、国家という範疇を、ヘーゲル的体系の内で占める高みから引き降したという処に横たわる(序に人々は今の場合、ラサールの国家理論の有つ歴史的意味がどう評価されねばならぬかを見るが好い*)。だが之は直ちに、ヘーゲル哲学体系そのもの――そしてその特色はヘーゲルの歴史哲学[#「歴史哲学」に傍点]によって代表される――の変革を意味することを注意せねばならぬ。ヘーゲルの精神の哲学をば、即ち神的理性・イデー・の自己発展としての精神の体系をば、より現実的[#「現実的」に傍点]・物質的・社会的・なものの地盤の上で建て直おすことから、これ等の社会理論は始まるわけである。吾々は之を簡単にそして一般的に次のように言い表わそう、――歴史哲学によって精神的[#「精神的」に傍点]なものと考えられるものを、社会的[#「社会的」に傍点]な見地から取り扱うということの内に、社会学乃至社会科学の始まりがあったのだと。
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* 社会学は凡て、コントでもそうであったが、Oppositionswissenschaft として始まった[#「始まった」に傍点
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