T点]であると云っても好い。ドイツに於ける殆んど唯一の優れた実証主義社会学者――その意味で又古典型の社会学者――と云われるF・オッペンハイマーさえ、多分にドイツ哲学的なラッツェンホーファーの学徒に数えられる。処が之に反して、フランスに於ける社会学は、始めから謂わば科学的であったと云わねばならぬ(後には之が科学主義[#「科学主義」に傍点]・社会学主義[#「社会学主義」に傍点]となる)。サン・シモン乃至コントの古典的な社会学がすでに、コント自身が云うように、社会物理学[#「社会物理学」に傍点]として特色づけられた。アメリカ社会学の古典はスペンサーであるが、彼がダーウィニズムを社会理論へまで拡大したものであったことは改めて云うまでもない。フランス社会学――スペンサーも亦無論この系統にぞくする――が併し、矢張り一つの歴史哲学[#「歴史哲学」に傍点](そこではサン・シモンやコントに先立ってコンドルセを忘れてはならぬが)から出たということ、或は寧ろ夫がフランスの歴史哲学自身であったということを考えに入れねばならぬと云うならば、そういう歴史哲学自身が、ドイツのものに較べて、著しく科学的[#「科学的」
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