烽フは、ではどのような歴史的[#「歴史的」に傍点]なイデオロギー条件を持っているか。
 K・マンハイムは、一切の問題が終局に於ては、社会的・又は社会学的・な観点に立つことによって、初めて正当に解決出来る――社会学化――と主張しているが、彼のこの主張は至極特徴的なものだと考えられる。
 だが彼が茲で社会学と呼んでいるものは、特にドイツの産物である処の、かの形式社会学[#「形式社会学」に傍点]のことではない。彼と彼がぞくする一群の社会学者達とによれば、社会学は元来歴史的に云っても歴史哲学[#「歴史哲学」に傍点]からの発生物であったのだから、歴史理論を抜きにしては何の社会学もあり得ない。社会学とは形式[#「形式」に傍点]の学――形式社会学の如き――ではなくて、歴史的な現実の学[#「現実の学」に傍点]でなければならないと云うのである。
 併しこの社会学に、もう一つの限定を加えなければその限界が明らかにならない。人々は寧ろ社会学という名に値いする最もプロパーな現象を、ドイツに於てよりも却って、フランスや又はアメリカに於て見出さねばならないだろう。ドイツ社会学の多くは、謂わば哲学的[#「哲学的」に
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