v又は「現象学的[#「現象学的」に傍点]」に対立する。だが吾々によれば、単に存在の意味の解釈[#「存在の意味の解釈」に傍点]を与えることに終始し、従って存在の意味の秩序を以て存在そのものの秩序と思い誤る処の、理論的方法が、形而上学的である。
[#ここで字下げ終わり]
 併し有力なそして又実際尊重すべき従来の観念論の或るものによれば、意識の概念はすでに略々今云った意味に近い点にまで引き寄せられていないのではない。超個人的意識は歴史的意識[#「歴史的意識」に傍点]として、個人を超越せしめられる。歴史を遍歴する処の理念[#「理念」に傍点]として、歴史的伝統の主体である精神[#「精神」に傍点](例えば客観的精神[#「客観的精神」に傍点])として、又歴史的理性[#「歴史的理性」に傍点]として、――人々はヘーゲルやディルタイ等を考えるべきだ――、それは鮮かに[#「鮮かに」に傍点]個人を超越する。例えばフィヒテに於ける(個人の)経験的意識から純粋自我の超個人的な(?)意識への超越は、決してこのように鮮か[#「鮮か」に傍点]ではない。と云うのは後者の場合に於ては、その所謂超個人的意識が、個人の意識から
前へ 次へ
全378ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング